2話目
「お嫁さん、ねえ…」
声のトーンを抑えると、彼の瞳が切なげに揺れた。
私だけを映す瞳が段々と悲しい色に染まっていくのを見ると心がキシキシと痛む。
恐らくからかわれたのだと誤解している。
落胆と諦め、そこに絶望を混ぜたなんとも形容しがたい表情が読み取れる。
彼の口から聞くまで確信は持てないが、彼のまだ短い人生の中で何があったのかなんて、外見からの情報だけでも十分すぎるほど分かってしまう。この世界の成り立ちのせいで、彼にどれほどの苦痛を与えてしまったのだろうか。生を楽しみ、幸せに包まれたことはあるのだろうか。生涯を穏やかに過ごせるのだろうか。
自分の感情の高まりを仮面の下で必死に抑える。
幼い子にこんな表情を覚えさせてしまっていることが全ての答えなのだろう。
今幸せでは無いのなら、私が攫ってしまっても構わないだろう。
彼の目線に合わせて腰を落とす。
何度見てもきれいな色だ。
私からの言葉を待つ幼子に望むものを与えてやることにする。
「ぼうやが望むなら、お嫁さんになってあげるよ」
ざわめきが復活する。
「さて、この子の親はどなたかな」
おずおずと手を上げる父王。横に座る王妃は王の腕にすがり付いている。2人の顔にはどうするのが良策なのかと書いてある。実に分かりやすい。
「この子が欲しい。私の伴侶としてこちらの領土に住まわせたい。よいか?」
拒否しようものならお前らの国など瞬きしている間に潰してしまうぞと彼らにしか聞こえないほどの声でささやく。拒否権など人間には無いのだ。
「私は先代よりは優しいぞ?あそこまで愚王なのもなかなか珍しいがな」
先代のおかげで廃れた国がいくつあるか、さすがにどこの国の王も分かってはいるはずだ。
「ど、どうぞ、息子を、よろしくお願いします…」
なんとか捻り出したか細い声は了承の意を示してくれた。
「アズトルの国の王よ、ありがとう」
ガタガタと震える王なぞ、もうどうでもいい。
これ以上視界に映していたら目が腐る。
後ろに座る小さな子は何が起こっているのかに理解が追いついていないのだろう。忙しなく私と父親を交互に見ている。
そんな慌てた仕草すら愛おしく感じてしまっている。これはもう末期のようだ。
「ぼうや、名前は?」
「レイ、です…」
祖と無を意味する『レイ』か。
おそらく後者の意味合いを持たせたのだろう。
私に言わせれば前者なのだがな。
「私についてきなさい、レイ」
玉座への道を2人で歩む。
なんと気持ちの弾むことか。
これ程までの幸せを私は感じたことがない。
小さな歩幅でゆっくりと玉座までの道のりを楽しむことにした。
可愛らしい小さい手を繋いで。