プロローグ
そこは古城の謁見の場であった。
広い空間に所狭しと各国の代表が立っているが、皆表情は固く、不安げな様子が見て取れる。
かつては凶悪で横暴で卑劣な魔王が座したその場所に、紺色のローブを頭からすっぽり被った者が気だるげに座っている。
それが新しい魔王であると、誰もが確信した。
その場所に座れることはもちろんであるが、その者が纏う魔力が異色であるからだ。
この場にいる全員が今まで感じたことがない恐怖を覚える。この場には確かに魔法に秀でた者がかなりの数いるが、まとまってかかっても『あれ』には絶対に勝てないだろう。力の差をまざまざと見せつけられているが、それは魔王にとって氷山の一角に過ぎない程度の魔力量である。己の力の欠片に怯えている人間たちは魔王にはどのように見えているのだろうか。
ビリビリと肌を刺す。
頭を圧迫されたような違和感。
体が重くなっていく感覚。
ポタリと一筋の汗が落ちる。
静寂と緊張。
この者に敵う種はいないと誰もが確信した。
魔王を怒らせてはいけない。発言には最大限の注意を払え。余計な一言で頭と胴が永遠の別れを告げることになる。国が無くなるのもおそらく一瞬。
各々が勝手に負のイメージを連想させていく。
そんな中、1人だけ魔王から目線を逸らさない幼子がいた。
どこかの国の末っ子王子であろう。
金色の髪はまあるく整えられてはいるが、艶はない。むしろ少しくすんでいる。前に座っているおそらく王と王妃は見事なブロンドを持っている。おそらく遺伝子的には2人と同じ髪質だろう。
横に座っている兄弟姉妹に比べ、青白く、細い。栄養失調とまでは行かないが、目をかけられていないのは一目瞭然であった。
誰一人と顔を上げず、ややうつむき加減の目線をしている中、ただただ真っ直ぐに魔王を見つめる。
その眼差しの美しさは魔王すら虜にしたのだった。
組んでいた足を解く。
カツンと靴が床を鳴らす。
護衛として傍に伏せていた狼のような魔獣が首を上げる。
恐ろしさで彼を除いた全員が息を潜める。
コツ、コツ…とゆっくり玉座から真っ直ぐ歩を進める。
誰しも自分の前で止まらないように祈る。目をつぶって。
誰しも魔王がどこに向かって歩いているのかを見ていない。目をつぶっているから。
音が止む。すなわち、どこかで立ち止まったということだ。
恐る恐る目を開く。
立ち止まった、場所は。
『私と共にここで住むか?ぼうや』