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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたに捧げるこの輝きを

作者: 蒼魚 圭

はい。また気まぐれで溜まってた小説を開放しました。

それほど長くないので気軽に読んでいただければと。

場面転換多めです。


 一つ、流れ星が落ちた。

また、人が死んだのだろうか。

彼は思った。

長年の勘で流れ星が落ちた時は必ず誰かに不幸が起こった時であると彼は知っていた。


 流れ星は人の夢も運ぶが、死も運ぶ。


 彼が一度だけ読んだことのある小説の一説だ。

少年のころに読んだその本は、彼を星の世界へと誘った。

様々な理由から今は白衣に袖を通しているが、星々は彼の心を奪ったまま離さない。

だから天体観測、と呼ぶにはいささか不十分ではあるが、こうして毎日空を見上げているのだ。

 風が吹き、冷たい空気が彼の肌を刺す。

12月の気温は低い。

白衣の下に何枚か服を着ているが、寒風はいともたやすくそれらを貫く。

彼は少し身震いをした後、白衣を翻して自身に割り当てられた部屋へと戻っていった。



 真っ暗な、1寸先も見通すこともできないほどの暗い空間に一人、彼は立っていた。

妙な浮遊感があったり、焦点が定まらなかったり、意識がはっきりしていない、といった状況下から、彼は夢と判断した。

 最近よく見る夢だ。

思い返してみれば昔もこのような夢を見ていた気がする。

夢の内容はいつも決まっている。


 宇宙のどこかに自分は佇んでいて、目の前を命尽きる寸前の流れ星が通り過ぎていく。

そしてそれが何百か、何千か流れて行った後の暗い空間で自分はまた一人になり、いつのまにか現実へ戻っている。


 そんな夢だ。

その所為で最近はよく眠れていない。

睡眠は最低限でいいと考える彼だが、最近はその最低限の睡眠すらとれていないので彼の恋人が見たら卒倒してしまうだろう。その後、医者の仕事を放棄させてでも彼を休ませるだろう。

もっとも、彼とは連絡こそ取ってはいるが、彼の仕事上の都合でここ数か月は会えていない。

彼はどんな時でも声音がほとんど変わらないという特技を持っているために体調不良はいまだ彼女にばれてはいない。

 彼は変わり映えのしないこの夢に対して夢の中でありながら欠伸を一つすると、今度はなんとかして意識を飛ばせないか、起床出来ないかと試行錯誤を繰り返した。

けれども、特に変わることなく、流星は次々と眼前で落下していく。

だが、心なしか落ちる流星の数が多いような気がする。

今まではまばらに落ちていっていたのだが、今回の夢では流星群とでも言えそうな程に数があるのだ。

思い返せば、今までの夢も星の数に関しては一つ一つ違ったような気がしていた。

今まで数えるくらいしか流星群を見たことがなかった彼は食い入るように落ちていく星々を見つめた。

 彼はふと、今見ている光景が宇宙からのものならば何故自分はこれを見られているのだろうか、と。

普通に考えれば、地球上にいるはずの自分は宇宙からの視点だと思われるこの光景を見ることはできない。

彼はいくつも理由を考えたが、荒唐無稽でファンタジックな考えしか浮かばなかった。

よって彼は小難しい事を考えるのはやめて、目の前を流れていく美しい岩石たちを無心で眺めることにした。


 いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。

いったいいくつの星々がその命を輝きに変えていったのか。

気づけば彼の視界には流れる星々はなく、自身に割り当てられた宿直室の壁が映っていた。

どうやら座ったまま寝てしまったようだ。

窓から差す光はとても眩しい。

遅まきながら今が朝であることに気づいた彼は、急いで呼び出しがなかったか、履歴を見た。

空白だった。

どうやら、昨夜は特に何もなかったようだ。

安心した彼はほっと一息ついた後に思った。

自分は相当疲れているようだ、と。

最近は夜勤で寝てしまう事は、それ以前に眠くても寝ることは全くと言っていいほど無かったのに、こうしてぐっすりと眠ってしまった。

 今まではこうした状況下では彼女がストッパーとして急用を促してくれていたが、その彼女とはここ数か月会えていない。

 彼は久しぶりに、彼女の顔がみたいな、と一人思った。


 バス車内。

 満員、と言うほどではないが、それでも多少なりとも人は詰まっている。

バスの出口付近に、一人の女性が立っていた。

彼女は、サプライズで医師である彼の元へ彼に秘密で向かう途中である。

 数か月。

彼とは会えていない期間だ。

そして、そろそろ彼が過労かつ、休養を怠って倒れる少し前くらいである。

彼の事は誰よりもよく知っている彼女は、彼の体調までも勘でおおよそを把握していた。

不器用な彼が、自分の為に彼なりに頑張っていることは重々承知しているが、それでもたまにはしっかり休みをとって自分に顔を見せてほしい、と思うのが心情。

 急に会いに行ったら彼はいったいどんな顔をするだろうか。

驚くだろうか。困った顔をするだろうか。それとも歓迎しながら抱きしめてくれるだろうか。

 彼女は苦笑した。

あの彼が、3番目の選択肢を取ることはないな、と。

 そんな風な考えを浮かばせては消し、浮かばせては消しを繰り返し、彼女は時間を潰していた。

あと、何分ほどで着くだろうか。

彼女が腕時計に目を落とした時だった。

彼女の目に、向こう側から車線など諸々を無視して突っこんでくる暴走車が見えた。

 彼女は叫んだ。その叫びは、恐怖からと、また運転手や他の乗客への警告の意味もあった。

 見れば、車の速度は時速80kmはゆうに超えているだろう。

バスが避け切れないのは明白だ。

運転手はサイドミラーから暴走車を確認し、ハンドルをきるが、当然間に合わない。

バスの横っ腹、丁度彼女のいるあたりに、暴走車が突っ込んだ。


 病院。

 院内はとてもあわただしかった。

付近の道路で交通事故が起こり、その被害者の対応をしているからだ。

被害者は、重傷者から軽傷者まで様々。

 彼は自身の担当の患者への対応を手早く終え、自室で一人待機していた。

彼の勤めている病院は規模が大きい。

彼がいなくとも、一応患者への対応はこと足りる。

だが、彼の持つ技術は高い。

なにかと彼は駆り出され、仕事をする。

そのような呼び出しを待っているのだ。

もちろん、彼にとってはないことに越したことはないが。

 バン、と大きな音を立てて扉が開かれる。

彼への呼び出し……ではない。

扉は内側から開かれたのだから。

 彼は飛び出した。

何気なく眺めていた事故の被害者、その中の重傷者のリストの中に、彼女の名があったからである。

 走る。昨日の夢の流星のごとく。

廊下で何度も看護師、上司、他様々な人に注意されながらも速度を緩めずに彼は走った。

目指すは彼女がいる病棟。

リストに載っている部屋の場所は、それ以前に院内の構造は覚えている。

彼は迷わずにそこへたどり着いた。

 しかし、室内はもぬけのから。

最近、この部屋が使用された痕跡はあるものの、中には誰一人としていない。

 昨夜の夢は、何かの暗示だったのだろうか。

彼にとって星が落ちるということは、ただそれだけで大きな、不吉だという意味がある。

それが流星群となって落ちてきたということは当然、彼にとってよからぬことが起きたという事ではないのか。

 彼は焦った。

これ以上、彼女の足取りを辿ることはできない。

 彼は、彼にしては珍しく、諦めかけた。

彼女が事故にあった、それだけで彼に大きな衝撃を与えていたのだ。

彼にとって彼女はかけがえのない大切な大切な宝物であり、彼女とともにあれるだけで幸せなのだ。

 彼女を失う。

それが彼の脳内で作られただけのただの幻だとしても、彼を止めるには十分すぎた。

 彼は床に崩れた。

絶望しかけている彼は、思考停止の寸前である。

 偶然、そこに一人の看護師が通りかかった。

看護師は、膝をついている彼に不可解そうな目線を向け立ち止まった。


「どうしたんですか?」


看護師は彼に聞いた。

彼は答えた。


「彼女の病室はどこだ」


とうわ言のように呟いた。

看護師は納得したような表情を見せると彼にこう告げた。


「彼女さんは、特別病棟に移されました」と。


彼にとって、その報告は吉報か、凶報だったのか。


 特別病棟。

彼女の身があるその病棟は、隔離施設である。

そこに入院中の患者は、意識不明の重体やら、植物状態やら、他様々。

ただ共通して言えるのは、入院者みなが社会復帰が難しく、退院できるかが怪しい、ということである。

 彼女がそこにいる、ということは、社会復帰が「身体的に難しい」と判断されたという事である。

 特別病棟は、看護師たちから「霊安室」と揶揄されている。

事実、そこはこの病院において最後に行き着く場所であり、どこにも行けなかった者たちが来る場所であるので、そのような認識は間違いではない。

 そして、その特別病棟に、彼は来た。

彼女に会いに。

もう彼にとって、彼女は生きているのか死んでいるのか分からなくなっていた。

ここに来た理由は彼女がもし死んでいてしまっているのだとしても、その骸に触れるため。

 やけに重苦しい扉を開き、中へと入る。

古びているがそこに確かな存在感を放つその扉は、さながら入ってきた者を閉じ込める鉄格子である。

 ホラー映画にでも出てきそうなフロントを抜け、たびたびうめく声が聞こえる一階から二階へあがる。

今度は、一階とは真反対の、しんとした雰囲気である。

機械音すら聞こえてこない。

これでも入院患者がいるはずなのに、だ。

 彼は不安になった。

彼女がどちらの状態であろうと受け入れる覚悟はあるのだが、やはり生きていてほしいというのが心情。

生命維持装置くらいは起動していてくれよ、と願いながら彼女のいる部屋へと一直線に向かう。

 突き当たり。

彼女の病室はそこにあった。

ネームプレートには、彼女の名前以外刻まれていない。

 恐る恐る、扉を開ける。

扉の隙間から、ピッ、ピッという規則的な機械音と、呼吸音が聞こえてきた。

どうやら、この扉は防音だったようである。

彼はベッドに横たわる彼女へとよたよた足をふらつかせながら近寄る。

 生きている。

彼はただそれだけで良かった。

生きてさえいれば、出来ることは数多くあるからだ。

しかし、ここに彼女がいるということは、彼女の担当である医師が匙を投げ、もう助からない、もしくは自分では助けることはできないと判断した結果である。

彼はそのことを思い出しまた崩れそうになるが、自分なら出来る、と軽い自己暗示をかけて立ち直る。

 彼は彼女に告げた。


「私が君を助ける」と。


ただしこうも続けた。


「しかし私は人間だ。出来ない事もある。もし、失敗してしまったなら……」


 彼はそこまで言いかけて口を噤む。

この先は、保険というのもおこがましい、自己保身のための言葉であるからだ。

 彼は白衣を翻し、彼女の病室を去った。

彼の思いとしては、このまま彼女から離れていたくないが、彼は医師だ。

彼が彼女に対してもう何もできなかったのならそれを実行していただろう。

しかし、彼には彼女の正確な容体を知ることのできる権利がある。

 未だ30前半の若造ではあるが、腕はある。

それに付随するそこそこの地位も持っている。

彼は、彼が考え付く中で今出来る最善の行動を取ろうとしているのだ。


 しかし……現実は非情だった。


彼の、「彼女の今の状態はどうなっている」


という問いに対し、上司は答えなかった。

彼が彼女にかかりきりになって仕事を疎かにしてほしくなかったからだ。

彼の腕なら、そんなことをしている間に出来ることがもっとあるからだ。

彼は上司の「答えない」という答えに対して憤慨し、上司ではなく、看護師の方面から攻めていく事にした。

彼は上司との無意味な問答で時間を無駄にしたくなかったのだ。

 看護師の話は一部信憑性が薄いが、そこは数を聞き、裏付けてカバーする。

途中、ダメもとで担当医にも話を聞きに行ったが既に上司の根回しが先に進んでおり、情報は得られなかった。

 情報収集を始めてしばらくすると、彼女が助からない、と担当が匙を投げた理由も分かった気がした。

 彼女は衝突の際、衝突点のすぐ近くにおり、肉体への被害が大きかった。

特に、脳の。

彼女は衝突の際に頭に何か大きな衝撃でも受けて、脳内の血管が損傷、意識を司る前頭葉のあたりで脳梗塞が起こって意識を失っている。

そしておそらく二度と意識が戻ることは無い。

もうその部分が死んでいるだろうから。

 彼は今度こそ諦めた。

もう遅すぎたのだ。

あの事故が起こってしまった時点で、彼女は死ぬ運命だったのだ。

この状態では、彼女をこちらに呼び戻すことは出来ない。彼にはもう、何も出来ない。

 そして彼はようやく、病院側の意図に気づいた。

暗にこう言っているのだ。


『彼女はもう助からない。だから君は彼女を諦めて他の人の命を救え』と。


 彼は絶望の底に落ちて行った。

彼にとって、彼女こそが生きる意味だったのだ。

彼を動かす原動力だったのだ。

 彼は機械だったのかもしれない。

彼女の幸福を願い、それを達成するための。

 彼の脳内に、彼女との思い出がよぎった。

数年前、丁度今と同じような時期に彼女と出会い、そして告白したこと。

驚きと喜びの混ざった表情で笑いながら彼の思いを受け取った彼女。

その時の時間が止まったような錯覚を覚えるほどの幸福感。

彼女と一緒に星を眺め、自身の目標を語った夜。

今まではやらなかった、彼女と共に流れ星に願うという行動。

 それらは淡い輝きとなってまた記憶の書庫へと戻されていく。

彼は目を虚ろにしながらも歩き出した。

彼女が助からないと知った今、少しでも彼女と共に在る為に。


 現実はとことん残酷であった。

まるで狙いすましたかのように、運命の神がいたならば彼を嫌っているかのように、

 彼女は、彼が病室についたその時には、息を引き取っていた。

 彼は己を恨んだ。そして後悔した。

あの時、何故あの行動をしなかったのかと。

何故すべてを諦めて彼女のそばにいなかったのかと。

その時の彼はまだ彼女を助けることができると信じていたために行わなかった行動が、彼にとっての本当の最適解だったのだ。

 思い出が塗りつぶされていく。

彼女の最期の瞬間すら、看取ることすらできなかった後悔。

彼女の為とはいえ、仕事の所為で彼女に会えず、触れてあげられなかった後悔。

全てを振り払って彼女のそばにいてあげられなかった自分への激しい憎悪。

 全て結果論である。

だが彼はそれらの感情が流れることを止めることができなかった。

 彼は病室を飛び出し、外へ向かう。

 彼は叫んだ。

それらの感情を少しでも吐き出す為に。

 彼は嘆いた。

彼女にもう現世では会うことができない事に。

だが、どれだけ叫ぼうと、どれだけ嘆こうと、彼女が死んでしまった事実は変わらない。

 彼はもう首を括り、彼女の元へあとを追おうか考えた。

 流れ星が煌めいた。

彼はその輝きを見てはっと空を見上げる。

またひとつ。

 星を物事の指針の一つとして考えている彼は、流れ星の煌めきを彼女からのメッセージだと捉えた。


『貴方はまだ輝ける。あと一瞬でも、この流れ星のように最後まで輝いて』と。


 彼は拳を握る。そして自分に言い聞かせる。

まだ自分にはやるべきことがあると。

自分はまだ大気圏に入ったばかりの赤熱すらしていない星なのだと。

 思い立ったが吉日とばかりに彼は病院の方へ走り出した。

その後ろ姿は、彼女の死の事実から逃れるように見えた。

 思い込みではあるが、彼女からのメッセージを受け取った彼はまず事故被害者たちへの対処を完了させることから始めた。

彼が出来ることは、診察をして処方箋を出したり手当をすることだけであるが、それでも彼は仕事をほっぽり出すことはしなかった。

その彼の仕事姿に、上司はにやりと笑みを浮かべた。

 次に彼は病院へたたきつける辞表を書くことにした。

彼女がいないというのに、彼女とともにいる前提の目標を達成する必要はなくなったからだ。

ついでに、病院を皮肉る文章もこっそり付け加えておいた。

彼はこのままの緩やかな消滅もいいかもしれない、とも考えた。


 だが、彼は違う選択肢を選んだ。


 流星が落ちる。

いくつも、いくつも。

やがてそれは流星群となる。

その様子は、彼が夢で見た星々に酷似していた。

 星々の光に照らされて、一枚の紙が白く輝いていた。

紙にはただ一言、こう書いてあった。


『貴女に、この輝きを捧げよう』


今作は星をテーマに書いてみました。

これにも一応ラストの解釈が読者様の考察によって分岐します。

どれにもとれるよう書いているつもりですが私の中では結末は決まっています。

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