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「はあはあ……遅れちゃった……」
気づけば、目の前に走っていたその主がやってきていた。見ると女子高生だった。黒髪のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、息を整えて、いざ教室へ入ろう――といったところで、
「うわああっ! いつからそこに居たんですか! 居たんですか! 言ってくださいよ!」
そんなことを言われても困る。俺は溜息を吐いた。
「ここは高校の教室だぞ。何の用があってここに来たかは知らないが、用事が無いならさっさと移動した方が良いぜ、お・ち・び・さ・ん」
あえて最後の言葉はゆっくり言ってみた。精一杯の足掻きだったが、俺がここに居ることの理由付けにはなりゃしなかった。そりゃそうさ。だってそうだろ? 俺はここに居る。そして授業は始まっている。導かれる結論はたった一つだ――。
「あーあ、そうですか。分かりました。でもわたしはここに用事があるので失礼しますね。遅刻魔さん」
こいつも最後の言葉だけゆっくり言いやがった。わざとだ。絶対に、絶対にわざとだ。
「貴様あああっ!」
「何ですかっ! わたしに肉弾戦を持ち込むとは、余裕ですね! 魔法を使って蹴散らして差し上げますっ!」
「五月蠅いっ! 廊下に立ってろとは言ったが、廊下で騒いでも良いとは言ってもいないぞ!!」
やべっ、五位淵が怒り狂って外に出てきた。
するとこいつ、急に猫を被りやがって、
「すいません。遅れてしまったのですが。今日の転校予定だった、副島です」
それを聞いて、一瞬何を言っているのか分からないという表情を示していた五位淵だったが、直ぐにひらめいた様子で、
「ああ、遅れていると聞いていたから心配していたよっ。それじゃあ、クラスで自己紹介といこうではないか。……ついでだ、君も中に入りなさい。新入生の情報は仕入れておきたいだろう」
と言ってひょいひょいと声をかけてきた。むかつく。
副島と抜かした女は俺の方を見て笑みを浮かべると、教室の中へと入っていくのだった。
それに対して俺は前から入ると目立ってしまうから、裏の入口からひっそりと入ることにするのだ。そうしないと注目を浴びてしまって、かえって滑稽に見られてしまうからな。
「はじめまして。副島めぐみといいます。よろしくお願いします!」
教室に入ると既に転校生が自己紹介を始めていた。俺には関係の無いことだ。はっきり言って、青春を送ることが出来ると思ったら大間違いだと言っても過言では無い、俺の性格から言って。そもそも平穏に送りたいことが俺の心理であって、実際問題、俺の『青春』は平穏無事にいたって欲しいものだということを忘れてはならない。
「わたし、魔法使いやってます! よろしくお願いしますねっ!」
……ん?
魔法使いをやっている、だって?
今、そんなことを言い出しやしなかったか?
魔法使いなんて職業は一般世界にやってくることはなく、閉鎖空間、閉鎖的コミュニティに所属しているだけだと思っていた。それが俺の常識であり、俺以外の一般人にとっても一般常識の一つと言えるだろう。
そんな中、彼女は魔法使いと言った。
つまり、魔法が使えるということだ。
そんなことが有り得るというのだろうか? 俺は全然あり得ないと思っていた。
しかし五位淵はそんなこと知らぬ存ぜぬと言わんばかりに、俺の背後を指さした。
俺の背後は空席だった。窓際の一番後ろの席といえば、何か世界を覆いに盛り上げる誰かが出てきそうなものだが、そんなものはフィクションであって、ノンフィクションではない。
「ええと、副島くんはそこに座って貰うことにして。教科書とかは購入してきているかな」
「はい! きちんと用意してあります!」
まるで魔法使いとカミングアウトしたのを聞いていないかのように進んでいくクラス。おいおい、ちょっと待ってくれよ。彼女はさっき、魔法使いであることをカミングアウトしたではないか。そのことについてもう少し話す事があるんじゃあないのか? もう少しざわつきを見せてもいいのではないだろうか?
そんなことを思っていたら、副島が俺の背後の席に座った。
そして、一言言い放つ。
「……朝、見えてなかったよね?」
「何の話?」
「箒で移動してたとき、あなたが見えたのよ。だから……」
「だから?」
「パンツ………………見えてなかったよね?」
ああ、そんな話か。勿論見えていたとも、ピンクと白のストライプn
刹那、俺の視界は真っ白になった。
俺が殴られたのだと言うことに気づいたのは、それから数秒後の出来事であった。