901話 母性!
とりあえず俺は、”ちびっ子エリーヌ”改め、”エリーヌ”と町の人たちに紹介をする。
当然だが、”慈愛の神:エリーヌ”と同名なうえ、姿も似ているので何人かは「本物ですか?」と聞かれた。
まぁ、本物なのには違いないのだが――。
当人は「私の凄さは隠し切れないのね!」と自慢気に話す。
ユキノは「流石です!」と、エリーヌの勘違いを助長させるかのような発言を繰り返していた。
なによりも一番多く聞かれたことは、「エリーヌが俺とユキノの子供なのか?」だった。
これには理由がある。
とりあえず、エリーヌと呼ぶ事が決まった後のことだ。
エリーヌがふざけて、ユキノを「ママ!」と呼ぶ。
ユキノは感動したのか「エリーヌ様」と呼んで、エリーヌを抱きしめた。
「私のことは、エリーヌ様でなく、”エリーヌちゃん”と呼んでもいいよ」
「いいのですか⁈」
「うん、もちろんだよ。ママ」
「エリーヌちゃん……」
「ママ」
「エリーヌちゃん」
ユキノの母性が芽生えたのだろうか?
その後も、「ママ」「エリーヌちゃん」と親子のように呼び合う。
当然だが、エリーヌは俺のことも「パパ」と呼ぶ。
その顔は、明らかに俺をおちょくっている。
間違いなく確信犯だ!
親子関係を築いて、俺がエリーヌに酷いことをしたら、ユキノに助けてもらうとでも考えているのだろう。
俺の唯一といっていい弱点のユキノを、エリーヌは自分の仲間に引き入れたのだ。
そして、それからもエリーヌの悪ふざけは続いた。
俺とユキノの間に入って、エリーヌを挟み三人で手を繋いで歩いていたので、仲の良い親子のように、見えていたに違いない。
アルとネロもいるので、知らない人が見れば、三人の子供がいる五人家族のようにも映るだろう。
アルの提案で、シロもいつの間にか、メイドっぽい服に変わっていた。
メイドのシロと、執事のクロを引き連れた一行だ。
まぁ、誤解しやすい状況なので、仕方がないのだが……。
誤解を解こうとしても、ほとんどの人たちは信じない。
いつ、俺とユキノの間に子供が出来たということよりも、俺とユキノの子供が、女神と容姿が似ているということで興奮している。
人々も「流石は勇者!」や、「ユキノ様似の可愛いお嬢様」などと好き好きに話す。
他の都市や街から来ている商人や、冒険者もいるので変な噂が広がるのだけは阻止したい。
俺はとりあえず、ゾリアスに【念話】で誤解を解くようにと頼んだ。
ゾリアスの言葉で、やっとエリーヌは俺が知り合いから数日の間預かっている子供だと、分かってくれた。
しかし、それを信じていない者が少数だがいる。
やはり、エリーヌの存在自体が問題を起こしている。
俺からすれば、明らかに神による世界への干渉としか思えない。
その夜もエリーヌが俺たちと一緒に寝ると言って、親子? 三人で川の字に寝転ぶ。
ユキノは本当に嬉しそうで、エリーヌと顔を近付けながら、夜遅くまで話をしていた。
ひたすら喋るエリーヌと、優しい顔で相槌を打つユキノ。
俺自身も家族とは、こういうものなのだろうと考えさせられる。
「楽しそうなことをしておるの!」
「私も入るの~」
アルとネロが、俺たちの寝室に乱入してきた。
「アルシオーネ様にネロ様も一緒に横になられますか?」
上半身を起こして笑顔で誘うユキノに、飛び込むアルとネロ。
本当に仲のいい三姉妹と、優しい母親にしか見えない。
「パパは邪魔だから、床で寝てね」
エリーヌが当たり前かのように話す。
「うむ。狭いからのタクトは床じゃな」
「師匠は床で寝るの~」
エリーヌの言葉に、アルとネロも賛同する。
ユキノだけが、少し困惑した表情を浮かべていた。
「はいはい。俺は別の所で寝るから、四人で楽しく寝ていてくれ」
「流石はパパ‼」
エリーヌに「パパ」と呼ばれると殺意が湧く感じがした。
なぜなら、エリーヌの言葉からは悪意しか感じられなかったからだ。
調子に乗るエリーヌを懲らしめてやろうと、俺は一晩考える。
気付くと、辺りが明るくなってきていた……無意味な徹夜をしてしまったようだ。