899話 新たなちびっ子!
「タクト‼」
耳元で聞きなれた声で俺を呼ぶ声がする。
あまりに五月蠅いので、目を覚ます。
隣で寝ていたユキノは既に起きていたのか、姿が無かった。
俺は目を擦りながら、顔を反対方向を向く。
「タクト‼」
「……誰だ、お前?」
視線の先には、アルと同じような背格好の女の子が立って、俺の名前を呼んでいた。
その後ろにはユキノが、その女の子を落ち着かせるかのように肩に優しく手を乗せいていた。
「私だよ、私‼」
この女の子との面識はない。
間違いなく初見だ――が、何故か見覚えがある。
俺は数秒間、ジッと見る。
「お前、もしかして……」
「そう、私だよ‼」
答えを言う前に、言葉を被せてきた。
このことで、この女の子の正体に確信を持つ。
「タクト様のお子様ですか?」
「違う‼」
ユキノがいきなり、訳の分からないことを言ってきたので、俺は即答する。
「そんなことよりも――」
「ポンコツは、少し黙っていてくれ」
「あっ‼ また、ポンコツっていう!」
「この子は、ポンコツというお名前なんですか?」
「ぶっ‼」
叫ぶ女の子と、俺の会話にユキノが入ってきた。
俺は思わず吹き出す。
「違うよ‼」
ポンコツという名に過剰反応して、不機嫌な態度になる女の子。
そう、この女の子はエリーヌが子供になった姿だ。
俺は、ちびっ子エリーヌに【念話】で話す。
(お前がエリーヌと知られても、いいのか?)
ちびっ子エリーヌからの返事がない。
俺はもう一度、【念話】で話す――が、やはり返事がない。
ちびっ子エリーヌが、惚けているわけではないようだ。
「まぁ、とりあえずお前の名はポンコツだ」
「なっ、なにを言っているの。私は――」
俺は、ちびっ子エリーヌの口を塞ぐ。
「お前の正体がバレても問題無いのか?」
ちびっ子エリーヌに【念話】が通じないので、直接話して確認をする。
「んっ、んんんんん」
「あっ、悪い」
俺は、ちびっ子エリーヌの口から手を離す。
「はぁ~。多分、大丈夫だと思うけど……」
ちびっ子エリーヌの言葉を信じてみることにした。
「とりあえず、シロとクロを呼ぶから待っていろ」
俺はシロとクロを呼ぶ。
すると扉が開く。
「起きたようじゃの」
「師匠、おはようなの~!」
アルとネロが部屋に入ってきた。
二人とも、ちびっ子エリーヌの正体が、エリーヌだと気付いているようだったがユキノには教えていないようだ。
特にアルは悪そうな顔をしていた。
面白いことでも起きることを期待しているのだろう。
「あぁ、おはようさん」
俺が挨拶をすると、シロとクロが姿を現した。
「とりあえず、お前から事情を説明しろ」
「うん、分かったよ」
エリーヌは俺たちに、今回のことについて説明を始めた。
まず、俺たちがシーランディアのことを話す。
今はシーランディアの件が終わってから、三ヶ月以上も経っている。
俺としても、気になっていたことだった。
あの女王に同じ神として、蟻人族と蜂人族にした行為を謝罪したそうだ。
自分たちの存在意義を否定されたと感じた女王は怒る。
エリーヌは、その言葉を素直に聞き続けたそうだ。
上級神であるヒイラギや、中級神のモクレンが居ないのは、エリーヌが断ったからだそうだ。
エリーヌ自身も、問答無用で廃棄されるような扱いを受けた蟻人族や蜂人族に対して、同情的だったそうだ。
同じ神のしたことだからこそ、非難を一身に受けるつもりで聞くつもりだった。
謝罪の意味も込めて、女王に転生の提案をする。
しかし、自分の種族での繁栄でないのであれば、死んでいった種族に申し訳ないと、転生しても意味のないことだ! と、断ったそうだ。
エリーヌは、女王の件を
担当神たちの教育の一環として、その世界に生息する種族となり、自分の担当する世界と直に接することで、自分の担当する世界がどのようなものかを知る目的だそうだ。
神による直接関与でなく、なんの力も持たない。
神は世界に関与しないという話だった筈だが、アデムとガルプが犯したことは神の中でも大きな問題となり、考え方を改めるほど大きな事件だったようだ。
その結果、神の力を使うことなく、その世界にいる個人としてなら影響が無いということで、研修ということで暫くの間、担当している世界で生活をすることとなったそうだ。
その世界にいる間は、使徒か眷属が世話をすることになったらしい。
事前に知らせることは無いらしい。
因みに戻るタイミングは、上級神と中級神とで決めるらしい。
「ということで、宜しくね‼」
ちびっ子エリーヌは、軽く挨拶をする。
「この方がエリーヌ様なのですね‼」
ユキノはしゃがみ込むと、ちびっ子エリーヌを羨望の眼差しで見ていた。
ちびっ子エリーヌも、気分が良いのかユキノに対して上から目線で話をしている。
傍から見ると、子供の御機嫌を取っている親戚のお姉さんという感じに見える。
「はいはい」
俺は御機嫌のちびっ子エリーヌの襟を掴んで、俺のほうに顔を向かせる。
「それで、お前は何をするんだ?」
「ん? ……何って?」
「何って……」
小さくなってもエリーヌはエリーヌだ。
研修ということを忘れて、旅行気分で来ているのだろう。
まず、エリーヌにエクシズに来た意味について、じっくりと話し合う必要があるようだ。