897話 出来の悪い師匠!
モクレンから報酬を貰って、エクシズに戻る。
「どういうことじゃ‼」
アルが凄い形相で俺を睨んでいた。
俺にとっては想定内のことだったが……。
「あぁ、とりあえずアルから譲渡された報酬は、アルに戻しておいた」
「そのことではない‼」
「寿命のことか?」
「そうじゃ。何故、お主の寿命が、あと数年になっておるのじゃ。それでは、まるで――」
アルは途中で言葉を止める。
「タクトよ。悪かった」
「別に構わない。アルの気持ちだけで十分だ。何かあれば、今回の報酬をつかってくれ」
「そんなこと、どうでもいいのじゃ。説明をするのじゃ‼」
「アル、なにを怒っているの~? 師匠の寿命がって、どういうことなの~?」
滅多に見ないアルの怒った顔に、ネロも慌てていた。
それに俺の寿命のことも気になっていたようだ。
隣にいるシロとクロも気になっている様子だった。
「説明するから、場所を変えようか」
ここは燃えているシーランディアの上空だ。
島全体に広がった炎も、島を焼き尽くしたかのように、徐々に鎮火していっている。
ここで長々と会話するような場所でもないので、別の場所に移動することにした。
移動先はアルの提案で、アルが今もたまに戻る龍人族の里にした。
ここであれば、他に聞かれることもないと思い、アルに提案をした。
アルの元住居で俺たちは椅子に座る。
「どこから、説明をすればいい?」
「そんなもの、全部に決まっておろう‼」
憤慨するアル。
俺は話を始めた。
まず最初に、ユキノの寿命があと三年程だということを話した。
シロとクロは俺と意識の共通があるため、知っていたのか驚く様子は無かった。
もちろん、アルも【魔眼】で知っている。
ネロ一人のみが驚いていた。
「今回の報酬で、ユキノの延命をすれば良かったじゃろう。もしくはお主が治療をすれば、良いことじゃろう」
アルが怒るのも良く分かっていた。
それを知っていたからこそ、俺に報酬を譲ってくれたのだろう。
俺はユキノが延命を望んでいないことを話す。
もちろん、ユキノは病気のことを知らないが、自分の体の異変には気づいているようだった。
体調が悪いとき、俺が治療をしようとしたが、ユキノに断られた。
俺が蘇生した際に、俺との記憶を失ったことを今でも気にしているのだろう。
そして、延命でなく、自然のままの命を全うしたいと口にしていた。
ユキノ自身も、自分の命が残り少ないとは気付いていないと思うが、それがユキノに願いであれば、俺はユキノの意思を尊重したいと思った。
「それと、お主の寿命が縮んだ理由に、なんの関係があるのじゃ?」
「あぁ、俺はユキノがこの世を去った一時間後に死ぬことにした‼」
「なんじゃ、それは‼」
アルが机を叩き立ち上がる。
「ユキノに一生を共にすると誓ったからな」
「しかし、じゃな……お主が死んだら、そこにおるシロやクロはどうなるのじゃ」
「私たちは、御主人様の意志に従います」
シロが答えると、クロも頷く。
二人とも俺の決断を薄々、気付いていたのだろう。
「お主たちまでもか……」
シロとクロの言葉を聞いて、二人なら俺を止めてくれるかもしれないと、期待していたのだろう。
「……何を言っても無駄なのじゃな」
「悪いな……」
「分かった。妾の報酬を今、使ってやるのじゃ‼」
時間が一瞬止まる。
何故か、俺は意識だけは時間の経過に逆らうかのように、動かない体でアルを数秒間見ていた。
アルが神に会うことを願ったことで、時間が止まったのだろう。
目の前のアルが動き出したのと同時に、自分の体が動き、時間が動き出したことを体感する。
「タクト。弟子として、妾からの贈り物じゃからな」
「……贈り物?」
「あとで、エリーヌという神にでも聞くが良い」
アルは小悪魔のようなに笑っていた。
俺の寿命を変更したりするようなことは、できないはずだ。
それがユキノであれば可能だ。
ユキノの寿命を延ばせば、俺の寿命も自然と伸びる。
アルが俺やユキノの意思を無視して、そのような暴挙に出ることは考えられない。
……一体、何を成功報酬として、何を要求したのだろう。
それにアルの笑みも気になる。
「師匠も、私たちをおいていちゃうの~」
ネロが悲しそうな目を俺を見ている。
「多分、そうなるな。そもそも人族は寿命が短いからな」
「そんなの、嫌なの~‼」
ネロは俺にしがみつく。
「ネロ。仕方のないことじゃ……いつものことじゃろう」
「……でもなの~」
アルとネロが今まで条件付きとはいえ、不死だったからこそ、親しい者との別れを幾つも経験していたことは知っていた。
「アルにネロ。俺の我儘ですまないな」
「謝るくらいなら、するでない‼」
アルは俺に叫ぶ。しかし、怒鳴る感じはない。
表情を見ても怒りは無いように感じるので、俺の気持ちを理解してくれたのだろうか……。
「そうだな。出来の悪い師匠で悪かったな」
「その通りじゃな」
「……嫌なの~」
涙ぐみながら俺とアルを見る。
「ネロよ。妾も、お主も他の者同様に、限られた命を手にしたのじゃ。いずれは妾たちも送られる側になるじゃろう」
「でも、でもなの~!」
「弟子であれば、師匠が決めたことに逆らうものではない」
俺の代わりにネロを説得してくれているアルに、申し訳ない気持ちだった。
「……分かったの」
アルの言葉にネロも納得はしていないが、俺の意思を尊重はしてくれたようだった。