866話 ルグーレの現状―5!
外から人々の大きな声が聞こえる。
配給が始まったのだろう。
「私は第一王女ユキノです。この度は四葉商会様の協力も得て、各地で集めた食料を皆様にお持ち致しました」
シロの魔法でユキノの声を大きくしているのだろう。
「慌てなくても、皆さんにいきわたる分はあります。それと、この場に来れない方がお見えになるのであれば、どなかたお教えください。宜しく御願い致します」
町の人々は、ユキノに感謝の言葉を述べている。
「これは私だけの力ではありません。先程お話した四葉商会の協力があったからこそです」
俺は言葉しか聞こえないが、近くにマリーがいるが挨拶しないのは、出しゃばらないときめているのだろう。
「そしてなにより、この世界を見守ってくれている慈愛の女神エリーヌ様への感謝を忘れてはいけません」
まさか、ユキノがこの場でエリーヌの布教活動をしてくれるとは!
俺はユキノに感謝する。
ユキノの言葉に感銘を受けたのか、エリーヌの名が響く。
「アスラン王子。今、ユキノ王女が仰られたエリーヌ様とは?」
「言葉のままですよ。ユキノはもちろんですが、私も慈愛の女神エリーヌ様を信仰しています」
「アスラン王子もですか?」
「えぇ、そうです。誰かに言われてとかではなく、自分から信仰しているだけどね」
「エリーヌ様とは、それほど素晴らしい神なのですね」
「はい」
俺はアスランとハーベルトの話を聞きながら、神聖化されるエリーヌに違和感を覚える。
エリーヌの本性を知っているからだろう。
しかし、神の使徒としてエリーヌの名が広まり、信仰する人が増えることは喜ばしいことだ。
「今まで、神様に祈ったこともありますが、祈る神を明確にすることで、私たちの想いが届くのではないでしょうかね」
「たしかにそうですね」
アスランも勝手に話を進めている。
雑難も交えながら、今後の話をしているとコンテツから連絡が入る。
今からハーベルトを尋ねるそうなので、俺は既にハーベルトと会っていると教えると驚いていた。
それから数十分後に、コンテツとモエギがハーベルトを訪ねてきた。
ハーベルトはアスランの相手をしていたので、コンテツとモエギの方を断ろうとしていたが、トゥラァヂャ村の件だと知っていたので、同席させてもらうようにハーベルトに頼んだ。
断ることができないハーベルトは了承して、コンテツとモエギを部屋に呼ぶ。
部屋に入ってきたコンテツとハーベルトは、俺よりも座っているのがアスランだと気付くと、反射的なのか片膝をつき、顔を伏せた。
アスランは「王子でなく、世話になった人を訪ねてきただけだ」と二人に話して、面を上げるように言う。
そして、トゥラァヂャ村での報告をハーベルトに始めた。
「そうか、御苦労であった。整地の件も、私自身があとで確認する」
「さすがはタクトだね」
報告を聞いたアスランは俺のほうを見ながら笑う。
「ハーベルト様‼」
「どうかした? まだ、なにか報告することがあるのか?」
「いえ、御願いが御座います」
「私で出来る話なら良いが……」
コンテツの突然の言葉に、ハーベルトも戸惑っていた。
「ハーベルト様しか叶えることができません」
「なんだ、申してみよ」
「はい、トゥラァヂャ村に住む許可を頂きたいと思っております」
コンテツの言葉に、ハーベルトは驚く。
「トゥラァヂャ村には何もないことは、お前たちが一番知っているはずだが?」
「はい。作業をしていた冒険者たちとも話しましたが、微力ながらトゥラァヂャ村の復興の手助けをしたいと思っております」
「……なにもないのだぞ」
「はい。なにもないからこそ、なんでもできると思っております」
「なるほどの……しかし、コンテツとモエギは旅をしながら冒険者を続けていたではないか。定住するということは、今までの生活を変えるということだが良いのか?」
「はい。私たちもいずれは、どこかで定住するつもりでした。それが今かと思っております」
「そうなのか……」
コンテツとハーベルトの話を聞きながら、俺は以前にセイランとムラサキの会話を思い出す。
たしか、セイランはコンテツたちが家を売ったとか、話をしていたはずだ。
旅をしていたのに、持ち家がある? 良く分からない俺は二人に聞こうと思う。
ハーベルトはコンテツとモエギが、トゥラァヂャ村に住むことを許可した。
配給を終えたユキノとマリーは、二人で町に出かけてくるという。
なんでも怪我をして配給を取りに来れない人がいる場所を教えてもらったそうで、二人で回るそうだ。
俺は当然、シロとクロ、ピンクーも一緒に回らせる。
リリアンとパトリックも一緒に行きたいようだったが、ユキノがやんわりと断ったそうだ。
リリアンとパトリックには、領主の子供としてすべきことがあると言ったそうだ。
二人ともユキノの言葉の意味が理解出来ていなかったようだが、手伝ってくれた使用人を労うようにと、小さな言葉で教えていた。と、シロから後で聞いた。
「アスラン様。御夕食は私たちと一緒にどうでしょうか? たいしたものは用意できませんが?」
「いいえ、お気持ちだけで。私もタクトと町に出ようと思っていますので」
俺は思わずアスランの顔を見る。
何も聞かされていないからだ。
「ハーベルト卿も家臣の方たちも今迄、気の休まることがなかったのでしょう。私のことは気にせず、今日くらいはゆっくりと休んでください」
「しかし――」
王子であるアスランの身に、もしものことがあってはいけないと思っているのだろう。
領主としては正しい選択だ。
「護衛に宿泊場所などは、このタクトがいれば問題ありませんし、町の人との交流もしてみたいと思っているのです」
「……承知致しました。ユキノ王女も同じお考えなのでしょうか?」
「もちろんです」
「そういうことであれば、アスラン王子のお言葉に甘えさせていただきます」
アスランは静かに頷く。
これもアスランなりに気を使っての言動なのだろう。
「タクトにお願いがあるのですが?」
「ん?」
アスランは小声で「ユキノと合流をしてほしい」と呟いた。
俺的には問題無い。
「明日の朝、こちらに伺います」
「……はい、くれぐれもお気をつけて下さい」
ハーベルトとしても、王族を自分の館に泊めずに、自由行動を許すことに迷いがあると思う。
しかし、アスランの言葉に逆らうことはできない。
「心配しなくても、アスランとユキノは俺たちが守るから安心してくれ」
「分かりました」
「王子の言うとおりに、しっかり休んでくれよ」
ハーベルトは笑う。