856話 仲たがい!
一瞬で景色が変わる。
セイランは、なにが起きたか分かっていない。
「もしかして、【転移】?」
「あぁ、そうだ」
「驚いたわ。本当に一瞬なのね」
セイランは、周囲を見渡しながら、初めての経験に戸惑っていた。
「ここからだと、そう遠くないと思うが……」
俺は少し離れた場所を、転移先に選んだ。
「そうね。歩いて数分よ。ありがとう」
「セイラン。親父とお袋の方は、頼むぞ」
「任せておいてよ」
俺たちはシキブとムラサキたちと別れる。
歩いて去っていく後ろ姿を見ていたが、ぎこちない動作のムラサキは、やはり緊張しているのだろう。
アスランとユキノに、マリーたちをルグーレの送り届ける前に、セイランを連れてトゥラァジャ村にいる、両親たちを迎えに行く。
俺は、その前にセイランに気になっていたことを聞くことにした。
「金貨が必要なのか?」
「えっ!」
なんの脈絡もないところからの話に驚く、セイランだった。
「どうしたの?」
「いや、さっき報酬次第で写真集を出してもいいって、言ってだろう?」
「えぇ、そうよ。……あぁ、そういうことね」
セイランは、少し困った表情を浮かべる。
「俺でよければ、相談に乗るぞ?」
「悩みって訳じゃないんだけどね――」
そう言いながらも、セイランは口を開いた。
セイランは今、特定のパーティーに所属をしていなく、フリーもしくは単独でクエストをしているそうだ。
昔は、ランクが低いときから苦楽を共にしていた仲間たちとパーティーを組んでいたそうだが、徐々にセイランと実力差が出てきていた。
セイラン自身は気付いていたが、気にすることはなかった。
しかし、何度もセイランに救われる仲間たちは、セイランへの申し訳ない気持ちと、実力不足の自分たちに憤りを感じていた。
そして――些細なことが原因で、仲間の一人がセイランに向かって、「実力不足の自分たちを助けて、さぞかしいい気分だろう」と言い放った。
他の仲間たちは、その仲間を必死で落ち着くように言うが、「お前たちだって、いつも言っているだろう!」と――。
否定しない仲間たち。
セイランはショックだった。「嘘だよね?」と聞くが、仲間たちからは、言葉が返ってこなかった。
一番、長くセイランと冒険者としての生活を共にした仲間が、絞り出したように一言呟いた。
「両親や兄が、ランクAのセイランと私たちでは……元々違っていたのよ」
「そんな……親や兄貴は関係ないじゃない‼ 私は私だよ!」
反論するセイランだったが、仲間たちの冷やかな目を見ると、これ以上は何を言っても無駄だと悟る。
「そう……仲間だと思っていたけど、そう思っていたのは私だけだったようね――」
その言葉を残して、セイランは仲間たちの元を去った。
この瞬間、パーティーからも外れることとなる。
それから数か月後、セイランはランクAの冒険者となる。
その後、セイランは大人数のクエストに参加をしながら、知名度を上げていく。
セイランの容姿もあり、徐々に有名な存在へとなっていった。
一方のセイランと仲たがいしたパーティーは、セイランがいなくなったことにより、大幅な戦力低下に悩み、思うようにクエストをこなすことが出来ないでいた。
臨時で仲間を募集して、なんとかクエストを達成することが出来るが、臨時でパーティーに入った冒険者は、あきらかに実力不足を感じる者をいたからか、再度の依頼に応じる冒険者は多く無かった。
長い年月を共にしたからこそ、相手が何を考えているか分かる。
だからこそ、実力以上の成果を残すこともできる。
それが分かった時には、既に遅い。
残った仲間たちは、セイランを呼び戻そうとも考えたが、プライドが邪魔をして、呼び戻すことはなかった。
そして、セイランがいたパーティーは解散する。
四人いた仲間は、散り散りとなり、数年後には一人を残して、全員が命を落としていた。
その最後の一人も左足を失い、冒険者を引退したと、セイランは先日知ったそうだ。
セイランは昔、その冒険者に命を助けてもらったこともあり、少しでも生活の足しになるようにと、援助をしたいと思っていた。
その冒険者にセイランは、久しぶりに見舞いがてら会いに行ったが――。
「無様な私を笑いに来たの‼ 帰って!」
罵倒を浴びせられて、帰されてしまった。
その冒険者には弟がいた。
姉の無礼を、セイランに詫びる。
弟は、「冒険者の姉が、あのようになったのは自己責任だ。セイランには、責任はない」と言ってくれた。
その弟も、姉と同じ冒険者の道を志すことにした。
姉の面倒を見ようとすると、それしか方法がなかったのだろう。
しかし、セイランが訪れた翌朝、その冒険者は自ら命を絶った。
弟への負担を考えてか、将来を悲観してかは分からない。
セイランは、その冒険者の弟が、ランクBになるまでは面倒をみようと決める。
装備は出来る限り、良いものを与えていた。
融資を断る弟だったが、パーティー時代に姉の冒険者には何度も命を助けられたことや、悩みなどを聞いてもらったこともあるから、せめてもの恩返しだと、強引に納得させていたそうだ。
問題が発覚する。
セイランの仲間だった姉の冒険者が、他の冒険者から金貨を借りていたのだ。
武器や装備を新しくするためなのか、かなりの額だった。
当然、弟に払えるはずような額ではない。
セイランが間に入ったが、証文も偽装されたものではなく本物だった。
問題は更に大きくなる。
姉の冒険者は他の冒険者からも、同じように借金をしていたのだ。
事情を知っている冒険者に聞き込みをしてみると、自分のミスで怪我を負った冒険者への賠償金などだったそうだ。
通常であれば、クエスト中に賠償金などは発生しない。
今回の場合、魔法攻撃を仲間である冒険者に向けて放ったため、瀕死の重傷を負ってしまい、数か月はクエストができない状態だったそうだ。
姉の冒険者は毎夜、酒におぼれるような生活をする。
冒険者仲間に借金をして、無理なクエストを受注して賠償金を払おうとしたのだろう。
その結果、冒険者としても活躍ができなくなった。
弟に借金のことを話すのが辛ったに違いない。
セイランは、その借金を肩代わりしようとしたが、弟の冒険者に断られる。
そして、商人ギルドから紹介された場所で、借金を完済するまで働くことに決めたそうだ。
なぜ、商人ギルドかというと、ある商人が冒険者から証書を買い取り、自宅や、家具などを借金の代わりにしたのだ。
そして、不足分は肉体労働で支払えと、いうことなのだろう。
問題は証書だと、セイランは話す。
期限までに完済できなければ、残額の四分の一を更に支払うというものだった。
俺に言わせれば、暴利にしか感じない。
しかし、契約は成立している。
つまり、完済するにはかなりの通貨が必要になるのだ。
これがセイランの抱えていた悩みだった――。




