848話 恍惚とした表情!
「そう、セイランがね……」
シキブは苦笑いしていた。
「セイランは、シキブに憧れているんだろう?」
「ん~、どうなのかな?」
「いやいや、風貌は完全にシキブを意識しているって!」
「……そう?」
シキブは気付いていないようだ。
しかし、格闘家という職業もシキブの影響なのかと疑っている俺と、シキブの温度差があることに驚く。
「なにか思い当たることはないのか?」
暫く考えるシキブ。
「……ゴメン、全く思い出せないわ」
本当に思い出せないようで、申し訳なさそうに笑いながら答えた。
「まぁ、そのことは置いて、セイランに会うことは可能か?」
「えぇ、大丈夫よ。義理の妹に会う訳だから、断る理由はないわよ」
シキブは立ち上がるので、俺はシキブの方へと近寄る。
「そういうさりげない優しさが、タクトにはあるのよね」
「俺は、いつ誰が相手でも優しいつもりだけどな?」
「はいはい。セイランが待っているんでしょう。早く行きましょう」
俺は【転移】でジークの四葉商会へと移動した。
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「悪かったな、マリー」
「別にいいわよ」
「じゃぁ」
「えぇ、また後で!」
マリーに礼を言って、シキブとギルド会館へ向かう。
リベラとも挨拶を交わしたが、マリーの言う通り元気がなかった。
シキブの姿を発見した冒険者たちが集まってくる。
ギルド会館へと歩きながら、冒険者と話をする。
久しぶりにあった妊婦姿のシキブに、どう接していいのか分からない冒険者もいたくらいだ。
いつも通り、笑いながら冒険者たちと話をするシキブ。
自然と周りが笑顔になるのは、天性のものなのだろう――。
「また後でね!」
シキブは用事があると、冒険者たちに笑顔で手を振りながら、俺とともに二階で待つ、ムラサキとセイランの所へと階段を上った。
「なんで、私が先に歩いているの?」
「もし、シキブが足を踏み外した時に俺が下にいれば、受け止めることができるだろう?」
「……確かにそうね。考えた事もなかったわ。ありがとうね」
妊婦でなくても、出来るだけ俺は下るの時は先に、上る時は後ろにいるようにしていた。
まだ前世で俺が若くバイトに明け暮れていた時、バイト先の女性の先輩から、女性にモテる話を聞いた。
それとき、確かにそういう危険がある! と気付かされた。
それ以降、誰かと出かける時、意識するようになっていた。
今では、普通の所作だ。
勿論、礼を言われるためにしている訳では無い。
階段を上がり、シキブを追い越す。
そして、ムラサキとセイランの待っている部屋の扉を叩く。
中からムラサキの声に、俺は自分の名を告げてから部屋へと入る。
シキブの姿を見つけると、セイランは笑顔でシキブに駆け寄る。
「シキブさん‼ 体調は、どうですか?」
「ありがとう、セイラン。順調よ」
「本当ですか! 兄貴が迷惑かけてませんか?」
「だ、大丈夫よ」
セイランはシキブのことを、本気で心配しているのだと感じた。
それに立場的に、ムラサキとシキブであれば、間違いなくシキブの方が上なので、ムラサキはシキブの言われたことに逆らうことはないだろう。
どうやら、セイランは兄であるムラサキより、シキブの味方なのだろう。
「再会の喜びはいいが、シキブを先に座らせたほうがいいだろう」
俺の言葉で、シキブのことを気にしていない自分に気付いたセイラン。
すぐに、シキブを案内して座らせた。
シキブとの話すセイランは、本当に嬉しそうだった。
もし、ムラサキの妹でなく、シキブの妹だと紹介されたとしても疑わなかったかもしれない。
そして、話題が徐々に俺の話になっていく――。
俺と初めて会った時のことを、昨日のことのように話すシキブとムラサキ。
その後、俺にどれだけ迷惑をかけられたかを、私情を含めて話していた。
俺が反論しようとしたが、シキブとムラサキの表情を見ると、話しの流れを止める気にはならなかったので、様子を見ることにした。
――しかし俺は、この判断を後悔することとなる。
今迄の、俺への不満なのか分からないが、俺の常識が無いことや、規格外のことについて、セイランに同意を求めるように話す。
完全に俺は、常識がない人間族! とセイランの記憶されただろう……。
――と、思ったのだが、魔物との戦いを聞くセイランは興奮して、質問などもしていた。
一見、同じように見える三人。
しかし、笑顔のシキブとムラサキに対して、恍惚とした表情を浮かべるセイラン。
俺は、このあとにセイランと手合わせをすることが、少し億劫になった――。