842話 アルとグラちゃん……!
「遅くなって、悪かったの……」
妾は 先代グランニール……グラちゃんが長らくいた場所にいた。
長い間、ドラゴンロードの呪縛に苦しみ戦っていた。
グラちゃんを拘束していた鎖。
我が友で第三柱魔王であったロッソが作ったものだ。
鎖の近くに幾つもの骨が転がっていた。
ロッソの鎖の効果が消えていないようだ。
既に破壊されているため、拘束することはできないが、魔力を奪うことはできるようで、弱い魔物は命を落としたのじゃろう。
その弱い魔物が、他の魔物を呼び寄せているようだ。
妾も近付けば、魔力を吸われる――妾では、あの鎖を破壊することができぬじゃろう。
破壊できるとすれば、魔法を使えるタクトくらいじゃろう。
タクトに鎖の破壊を頼むことも考えたが、グラちゃんの一部だと思うと躊躇ってしまう。
「これは妾からじゃ」
鎖の届かない場所に、持って来た花を置く。
いるはずのないグラちゃんに向かい、一人で話し掛ける。
「グラちゃんに初めて会った時は、礼儀知らずだと叱られたの……魔王じゃった妾相手に文句をいう若いドラゴンには驚いたの~」
初めて会った時のことだ。
その後、戦うことになったが当然、妾の勝利じゃった。
それから何度も戦いを挑んでくるグラちゃん。
その度に、父親から「息子がすまない」と謝られていたことも――。
昔の名前グランドル。
記憶に残っていないが、いつの間にかグランドルをグラちゃんと呼んでいた。
妾のこともアルと呼んでい良いと言ったが、他のドラゴンたちからの反発があったので、妾が折れたのじゃったな……。
妾と一緒に、いたずらをして叱られたこと。
惚れたドラゴンがいると、恥ずかしそうに話したこと。
そのメスドラゴンとつがいになれたこと。
子供が生まれたのを、一緒に喜んだこと。
そして、徐々に凶暴になっていったドラゴンロードの父親を、妾と二人で殺してグランニールの名を継いだこと。
今になって思えば、その時も同じようなことを頼まれていた。
だからこそ、グラちゃんも同じことを考えたのだと思う。
「グラちゃん……悪かったの」
すぐに殺してあげられなかったことに、謝罪をする。
妾の覚悟が足りなかったせいで、グラちゃんを苦しめることになってしまった――。
「そうじゃ、グラちゃんの好きだった火龍酒も持ってこればよかったの……気が利かぬ妾を許してくれ」
当たり前だが、どれだけ話をしても言葉が返ってくることはない。
「少しだけ、待っててくれるかの?」
妾は火龍酒を取りに戻る。
「待たせたのじゃ。グラちゃんの分じゃ」
一緒に持って来たグラスに火龍酒を注ぐ。
「乾杯……」
地面に置いたグラスに、持ったグラスをぶつける。
一度、持っていたグラスに視線を移してグラスを傾ける。
二人で呑んでいた時を思い出す。
夜中に二人で抜け出して呑み明かしたこと。
翌日には、二人して叱られた……。
今となっては、どれも懐かしい思い出――。
「そろそろ、行こうかの。タクトたちを、あまり待たせるのも悪いからの」
火龍酒の樽を持ち上げて、鎖の方へと投げる。
「大酒のみのグラちゃんには足りぬじゃろうが、我慢して欲しいのじゃ。また、来るからの」
(待っておるぞ!)
笑顔で話すグラちゃんの姿が見えた。
錯覚なのは間違いないが、嬉しい気持ちになる。
「約束は守るから、安心するのじゃ!」
妾も自然と笑顔になり、タクトたちの元へと戻る。
歩いて行くと、タクトとライラの姿を発見する。
なにやら二人して難しい顔で話をしているようじゃ。
タクトが妾の姿に気付いたようで、妾のほうを見ている。
「遅くなって、悪かったの……」
タクトに向かって話した言葉が先程、グラチャンにも話した言葉だと気付く。
「……納得いや、満足したのか?」
「一応じゃがな……」
やはり、言葉が返ってくるのは嬉しい。
今迄も同じように、多くの者たちと別れを経験してきた。
しかし、心の中の穴が空いた感じになったのは、ロッソが居なくなり、グラちゃんもいなくなった時だけだった。
寿命の短い者たちは、妾よりも絆を深めると聞いたことがある。
その者たちは、今の妾と同じ気持ちになっているのだろうか……。




