836話 並列詠唱!
突進してきたバレットモンキーを【炎弾】で足止めしようとする。
しかし、バレットモンキーは思いっきり息を吸い胸を膨らませて、息を吐くと唾液の塊が、ライラに向けて放たれた。
……汚い! 俺は絶対に受けたくない攻撃だ! と思いながら見ていた。
ライラは【炎壁】で地面から、炎の壁を作りバレットモンキーの攻撃を防いだ。
唾液が炎に触れて蒸発した瞬間に、周囲には悪臭が漂った。
スピードは明らかに、バレットモンキーの方が上だ。
いかにバレットモンキーの機動力を抑え込むことができるかが、ライラの勝利にかかっている。
しかし、俺の予想に反して、ライラはバレットモンキーを簡単に捕捉した。
【雷鞭】という杖から出た雷の鞭をバレットモンキーの足に絡ませたのだ。
バレットモンキーは電撃で苦しんでいる。
簡単に切れるものではないが、ライラの【MP】が激しく消費している。
長く使用出来るスキルではないようだ。
ライラが【雷鞭】の攻撃を終えると、【雷鞭】が巻き付いていた左足は、かなり焼け焦げていた。
あきらかに左足を引きずる仕草を見せる。
「ライラの勝ちだな」
「いや、まだ分らんぞ‼」
アルの言葉に驚くが、すぐにその意味を理解した。
バレットモンキーは、右手の親指で何かをはじく仕草をすると、何かが勢いよく飛び出した。
ライラも、何か攻撃を受けたことは分かったようで、それを間一髪避ける。
しかし、バレットモンキーは両手の親指を使い、何かを連続で飛ばしていた。
「あれは――‼」
「そうじゃ。ネロの操血に似た能力じゃ。あれこそが、バレットモンキーと言われる所以じゃろう」
飛ばしていたには血ではなく、薄っすら濁った液体だ。
そう、バレットモンキーの汗だ。
アルの説明によれば、バレットモンキーは物凄い量の手汗をかく。
しかも、粘着性があったり、すぐに凝固したりと自分の意思で汗の分泌量や成分を変更できるらしい。
しかも、唾液の攻撃も加わり、ライラにバレットモンキーの体液攻撃が襲い掛かっていた。
俺は内心、もう少しまともな相手でも、よかったのでは? と思っていた。
もっとも、俺以上にライラが嫌だろうと思うが……。
ライラはバレットモンキーの攻撃を上手く交わしていた。
ここまで悪臭がするので、ライラはかなり耐えているのだろう。
それだけ戦闘に集中しているのだと思いながら、ライラの様子を見ていた。
「並列詠唱とは、なかなかじゃの」
アルがライラを褒める。
並列詠唱とは、異なる魔法詠唱を二つ言う技術になる。
とても高い技術を必要とするため、習得する者は殆どいない。
理由は、失敗する確率が高く、実戦向きではないと考えられているからだ。
俺は並列詠唱を使う奴を二人しっていた。
カルアとステラだ。
二人とも、優れた冒険者だ。
今、ライラはその二人に並ぼうとしているのだ。
並列詠唱といっても、使う魔法により難易度は異なる。
簡単な初級魔法でも、使いこなすことができない並列詠唱。
ライラは、この局面で使うということは、それだけ自信があるか、追い込まれているかのどちらかだろう。
「【雷砲】! 【炎砲】!」
俺は驚く。
今、ライラが使った【雷砲】は、ライラの最大魔法だと、師匠であるコスカから聞いたことがある。
それに【炎砲】は属性は違うが、【雷砲】と同じ魔法になる。
ライラが意図的にしているのか分からないが、【雷砲】と【炎砲】は螺旋を描きながら、バレットモンキーに向かっていく。
バレットモンキーは、必死で攻撃をしてライラの攻撃を止めようとしていた。
しかし、ライラの攻撃を止めることはできずに、バレットモンキーは倒れた。
「なかなかじゃの」
「あぁ、俺も驚いている」
ライラは、息を切らしながら下を向いていた。
それだけ、必死に戦っていたという証だ。
俺は疲れ切っているライラの所へ行き、「お疲れ様!」と声をかける。
「どうだった?」
「思っていた以上に強くなっているな。驚いたぞ」
俺の言葉に、嬉しそうな顔をするライラ。
それだけ努力をしていた結果だ。
「このままだと、ランクAも夢じゃないな」
「うん。でも、私の目標はお兄ちゃんと同じランクSSSになることだから――」
「そうか。頑張れよ」
「うん、頑張る‼」
現状に満足せずに、精進を続けようとするライラ。
近いうちに、現実になるのだろうと俺は思っていた。