770話 特訓ー1!
エルドラード王国の冒険者たちは浮かれていた。
何年かに一度の一攫千金の時が来たからだ。
そう、影の季節に合わせて、陽影花の採取クエストが発注されたからだ。
当然、事前に情報収集している冒険者も多い。
陽影花は、生息場所が毎回違う為、徒労に終わることも多い。
しかし、手に入れれば一年は何もしなくても生活出来るだけの報酬が貰える。
当然、多額の報酬に目が眩んだ冒険者同士の争いも後を絶たない。
昔に、陽影花の採取に成功した冒険者が、街に入る前に殺されて陽影花を奪われる事件も起きている。
それにパーティーを組んでいたが、仲間が裏切り殺された冒険者もいるという噂も耳にしたことがある。
今回は大量に採取出来るので、そこまで大きな問題にはならないだろう。
俺宛にも、貴族たちから指名クエストが何件もあった。
高ランクの冒険者には全員送っているのだと、ジラールから聞いた。
当然、全ての指名クエストを断った。
俺的には、陽影花よりも、その後にある魔族が活性するという『紅月』の対策に時間を割きたいと思っている。
その為に、アルとネロに特訓を頼んでいる。
シロとクロは引き続き、ピンクーの特訓だ。
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「しかし、遅いな……」
アルとネロとは以前にも特訓をした場所である魔境で、待ち合わせをしている。
暫くすると、なにやら言い争いながらアルとネロが俺も前まで飛んで来た。
「今回は妾が先じゃ‼」
「いやなの~!」
「何を言い争っているんだ?」
「どっちが先にタクトと戦うかじゃ」
「私が先なの~」
「だから、前回はネロに譲ったのじゃから、今回は妾が先でも良いじゃろう」
「駄目なの~」
「ネロが先にやりたい理由はなんだ?」
頑なにアルより先に戦いたいというネロ。
何か理由があるのだと俺は感じた。
「お母様の技を習得したの~。それを師匠に試すの~」
「……」
「……」
俺もアルも返事に困った。
「分かったのじゃ。今回はネロに譲るが、今度とその次は妾が絶対に先じゃからな」
「分かったの~」
嬉しそうに笑うネロ。
しかし、見た目は同じように見えてもアルの方が精神年齢が高いのだろうか?
ネロの話し方の影響もあるが、難しい話は必ずアルとしている。
「早く、やるの~」
ネロは戦いたくて、ウズウズしていた。
「おぉ、いつでもいいぞ」
俺は【魔法反射(二倍)】を【オートスキル】から外して、石塔に触る。
ネロも同じように石塔に触ると、周囲に結界が張られた。
「では、いっくの~」
ネロは両手の掌を俺に見えるように差し出すと、十本の血の帯が俺に向かって攻撃を仕掛けて来た。
帯というよりも、鞭に似た攻撃だと考え直す。
「捕まえたの~」
攻撃を回避していた俺の周りを帯が囲んでいた。
帯の隙間から逃げようとするが、帯が動き脱出を拒む。
「新しい技なの~【血縛球】なの~」
ネロの言葉で帯の幅が広がり、一瞬にして俺の視界を奪った。
スキル名からして、球の中に閉じ込められたのだろう。
「ぐぁ!」
暗闇の中から、槍のような物で何か所か突き刺された。
アルやネロの声も聞こえないので、完全に感覚を奪われたのだろう。
視覚や聴覚を奪われたことが、思っていた以上に厄介なことに気付く。
その間も容赦なく攻撃は続く。
血縛球の中で、動き回り攻撃を回避していたが徐々に狭くなっていっているのが分かる。
これは……やばいな!
以前に似たような光景を見たことを思い出す。
ネロの母親でありヴァンパイアロードのセフィーロが、裏切り者のアマンダを始末した時の攻撃だ。
いくら、俺が不死身だからといって、無事なのかと自分の身を心配する。
血縛球の外壁を殴っても、びくともしない。
仕方がないので、俺は【転移】を使い、血縛球からの脱出を試みる。
「あ~、師匠ずるいの~」
【転移】を使い、血縛球から脱出をした俺に、ネロは文句を言ってきた。
しかし、転移魔法の類が無いと脱出することが出来ない。
……恐ろしい。俺の素直な感想だ。
「でも、これだけじゃないの~」
ネロは両手を上げて振り下ろすと、血の塊が飛んで来た。
血の塊はネロの手から放たれると同時に、針のような形状に変化してきた。
「おぉ!」
俺は何とか攻撃を回避すると、右足が何かに絡まったのか動かなくなる。
驚いて、右足を見ると、赤い蔦のようなものが絡まっていた。
赤い蔦は徐々に伸びてきて払おうとしていると、ネロが近くまで来て、直接殴り掛かって来た。
ネロの拳を両腕でガードする。
ポキッ! 両腕の骨が折れた音が聞こえ、激痛を感じた。
右足だけでなく左足にも蔦が絡まり、下半身の自由が利かなくなる。
ネロはお構いなしに俺を殴り続けた。
【自己再生】よりも、ネロの攻撃速度が上回っているせいか、俺の両腕は完全に壊されて、腕を上げることも出来なくなる。
容赦ない拳が俺の顔を直撃する。
両足が千切れて、俺の体は後方に飛ばされた。
【転移】で逃げる隙も無く倒された。
「やっぱり、ネロは強いな……」
「もちろんなの~、師匠の弟子として強くなる努力をしているの~」
……いや、強くなる努力はしなくても、いいんじゃないのだろうか? 俺は心の中で呟いた。
「師匠の両足が生えるまで、待っててあげるの~」
強者の余裕というやつだ。
実力差がありすぎるので、屈辱といった感情も無かった。
「タクト! お主、目を使え」
俺の不甲斐ない戦い方を見かねたアルが、アドバイスをくれた。
目? ……【神眼】……魔力の流れ‼
「ありがとう」
俺はアルに礼を言って立ち上がる。
「じゃぁ、ネロ! 続きをしようか」
「もちろんなの~」




