731話 空中遊泳!
オーフェン帝国を旅立つ。
去り際に、フェンが「又、次回の武闘会で」と言うが俺は笑うだけで返事はしなかった。
俺個人に言った言葉だとは思うが、敢えてスルーした。
飛行艇に乗り込み、窓からオーフェン帝国の見送りが見えなくなると、ルーカスとイースは早速、服を脱ぎ始めた。
服の下には動きやすい服を着こんでいた。
「……準備万端だな」
「勿論ですわ!」
イースは、何時にもまして笑顔だった。
「早くやりましょう」
イースは待ちきれないのか、俺を急かす。
「順番は王妃からでいいのか?」
「はい!」
ルーカスが答える前に、イースが先に返事をする。
先に答えられたルーカスは、口を噤んでいた。
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
俺は王妃と共に、空を自由に飛ぶ。
「飛ぶわけじゃないが、一人で落下してみるか? 勿論、ある程度の高さまで落ちたら受け止める」
「楽しそうですわね。御願い出来ますか」
少女のように無邪気な表情をする王妃を支えていた手を放す。
王妃は勢いよく落ちていく。
当然だが、横には俺が居る。
「王妃! 手足を広げろ」
「はい!」
落下速度が変わり、楽しそうに周りを見ていた。
風圧で顔は凄い事になっている。
国民には見せられない顔だ。
「終わりだ」
俺はイースを抱えて、元の高度まで戻る。
「タクト殿。もう一度、御願い出来ますか?」
「はい……」
俺はもう一度、手を離す。
「ひゃははははぁ」
聞いた事の無い笑い声を上げながら、イースは落下していった。
結局、三回程繰り返して、満足出来ず不満そうなイースを飛行艇に戻した。
髪の毛が爆発したように広がっているので、護衛衆は驚いていたが、イースは気にする様子も無かった。
今、自分が経験した事を興奮気味に話していた。
次はルーカスの番だ。
イースと同じような事をするが、落下する恐怖に耐えきれないのか一度で終わる。
ルーカスは普通に飛行する方が楽しいようだ。
前世であれば、絶叫マシーンが苦手なタイプなのだと感じた。
飛行艇に戻ったルーカスは平然とした表情を作っていた事が、俺には可笑しくて仕方が無かった。
ルーカスが「もう懲り懲りだ。一度、経験すれば十分だ」と言うと、イースが「何度でも体験するべきです」と反論していた。
ユキノも飛ぶ気満々のようで、ルーカスの飛行中に着替えていた。
最初はイースや、ルーカスと同じように飛行をする。
ある程度、飛行したところで落下するかを聞いてみるが、このまま飛行を楽しみたいというので、希望通りに飛行を楽しむ。
雲の中を突っ込んだり、【隠密】を使って渡り鳥に近寄ったりと、イースとは別の楽しみ方をする。
雲の下に行くと、雨が降っている場所もあり、雲の上では雨が降っていない事を目の当たりにして感動をしていた。
「くしゅん」
「寒いか?」
「はい、少しだけですが」
「戻るか?」
「いえ、もう少しだけ御願い出来ますか?」
「分かった」
俺はユキノに【神の癒し】を施して、体調を戻す。
結局、俺のユキノの空中遊泳は、イースやルーカスよりも長い三十分程だった。
飛行艇に戻ると、ユキノとの時間が長い事にイースから文句を言われる。
落下していないので、そう感じただけだろうと言い訳をする。
「もう、あの興奮を味わえないのですよね」
イースは俺の方を見る。
「さぁ?」
飛行艇を操縦出来る者が居る以上、俺を連れて移動する必要が無い。
今の俺は、ただの冒険者だ。
以前のように、馴れ合いの関係では無い。
もっとも、以前の馴れ合いの関係も問題だが……。
王都に戻れば、俺は冒険者になり、指名クエストが無ければ関わりあう事も無くなる。
本来のあるべき関係に戻るだけだ。
俺が関わる事で、ユキノ達を生き返らせた事だけは、絶対に知られてはいけない。
一線を引く。
俺の頭の中で、この言葉が何度も浮かぶ。
しかし、一方でユキノの側に居たい自分が居る事も分かっている。
答えは分かっているのに、葛藤している自分が滑稽だと思う。
イースやユキノの髪を戻すのに、思った以上に時間が掛かる為、少しだけ遠回りをする。
遠回りする航路は、俺がロキサーニに指示を出す。
俺が行った事の無い場所を回りながらも、魔物と遭遇しない場所を飛行する。
イースとユキノの身なりが整ったので、王都に帰還する。
「じゃあ、俺達はここで」
飛行艇を下りたところで、別れの挨拶をする。
「そうだな。色々と御苦労であった」
ルーカスから労いの言葉を貰い、指名クエストが完了した。




