640話 懐の深さ!
「浮かない表情だな。良い返事は貰えなかったのか?」
俺の言葉に、聞き耳を立てていた者達は一瞬、俺達の方に目を向ける。
誰もが、気になっていたのだろう。
俺の問いに、ネイラートは即答せずに考えていた。
言葉を選んでいるんだろう。
「運命を託して、一緒に旅を続けてくれた仲間には正直に言うべきじゃないか?」
俺は部外者だが、隠し事をされたままでいるネイラートの仲間の思いを口にする。
「そうですね。タクト殿の言われる通りですね」
ネイラートは立ち上がり、仲間に向かいルーカスとの会談の内容を話し始めた。
薄々は気が付いていただろうが、ネイラートの口から決定的な言葉が出ると泣き崩れる者も居た。
ここまで、辛うじて気を張っていたが、ネイラートの言葉で、気持ちが切れてしまったのだろう。
ネイラートは、悔しそうな顔で話を続ける。
このまま、シャレーゼ国に戻ったとしても、命の保証は無い。
希望する者は何処か、違う土地で暮らす事等を伝える。
当然、感謝こそすれ恨むことは無いと、嘘偽りの無い言葉を付け加えた。
希望者は手を挙げるようにと、ネイラートが言う。
世話係の女性達や、騎士の数人。
約半数以上の者が手を挙げた。
「今迄、本当にありがとう」
ネイラートは手を挙げた者達に頭を下げた。
手を挙げた者達も、苦渋の決断だったのだろう。
泣きながらネイラートに詫びていた。
「俺は少し席を外す」
イエスタに伝えると、黙って頷く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「動くなよ!」
俺は、ネイラート達を見張っていた尾行者に背後から声を掛ける。
殺気を出していたので、俺の言う通りに動く者は居なかった。
「ここで、ネイラート達の半数は分かれることになる。この場合、どうするつもりだ?」
正直に話すとは思っていないが、もし殺害するような事を言えば、この者達には口封じで死んで貰う事になるかも知れない。
「国王様より、もしエルドラード王国で生活するつもりなら、面倒を見るようにと言われております」
俺は【真偽制裁】を施していたので、この尾行者の言う事が嘘では無い。
「悪かった」
俺は殺気を解き、両手を頭の上にあげて、戦闘の意思が無い事を伝えた。
尾行者達は、俺の事をルーカスから聞いていたらしく、尾行していた事を逆に謝罪される。
ルーカスが尾行を付けた目的は、シャレーゼ国までの誘導や、途中で一行から離れる者が居た場合、手助けをする事。
そして、必ずネイラートがシャレーゼ国へ戻った事の確認らしい。
ルーカスは途中で、旅の脱落者が出る事を見越していたようだ。
直接、協力は出来ない。
しかし、ネイラートの元を離れた者くらいは助けようとしていたようだ。
シャレーゼ国の内通者では無いかの確認も含めて、暫くは監視する目的もあるのであろう。
俺は、彼等に半数以上が、今回の旅から離れる事になると伝える。
尾行者達は、商人や冒険者の恰好をしているので、疑われる事無く、ネイラートの仲間達に打ち解ける事が出来るだろう。
「しかし、タクト殿は私達の尾行が良く分かりましたね?」
こちらの移動速度を意図的に変えても、距離は縮まらない。
ましてや、休憩したら距離を保ったまま、休憩をしている。
怪しまない方が、おかしい。
俺は、その事を伝える。
尾行者達は、他の尾行者達にもその事を伝えていた。
「しかし、私達は【望遠】のスキルで、気付かれない一定の距離を保っていたのですが、流石はランクSSSの冒険者です」
尾行者が言った【望遠】のスキル。
言葉だけで、スキルの内容は理解したので、俺のスキルに追加される。
久しぶりに、人族からのスキル追加だったので、すぐにスキル値を確認して振り分ける。
使用してみると【望遠】のスキルは思っていた以上に便利だった。
俺の【魔力探知地図】と併用して使うと、より正確に分かる。
【望遠】を何度も使用して、スキルレベルを上げる。
尾行者曰く、【望遠】のスキルレベルは最高でレベル一〇らしい。
彼等は、レベル七なので、それ以上の効果は不明だそうだ。
俺が【望遠】のスキルを習得したとは思っていないので、色々と質問をしてみるが、回答する顔は不思議そうだった。
関係の無いスキルに、ここまで質問をするのも変なのだろう。
しかし、ランクSSSという称号がある為、勉強熱心だと最後には思われていたようだ。
しかし、ルーカスの先見の明と言うか、ネイラートだけでなく、着いて来た仲間の事も考えている。
それに、見捨てるのでなく受け入れる懐の深さに、流石は一国の王だと感心した。
とりあえずは、一安心したので俺はネイラートの所に戻る事にする。




