573話 自業自得!
「次の対戦の前に、皆様へ御報告があります」
ザボーグが改まって観客に話す。
話の内容は、ノゲイラが奴隷を調達できなかった事。
そして、己への罰則として、自分が戦う事で観客に満足して貰う事を話す。
一瞬、観客達はざわつく。
しかし、観客を無視してザボーグは話を進める。
「この街の商人ギルドのギルドマスターであり、我らが同胞の登場です」
ザボーグの挨拶と共に、ノゲイラが観客に向けて手を振る。
今回の対戦は八百長で、自分が死ぬ事が無いと思っているので余裕の表情だ。
「そして、彼の対戦相手はこいつだ!」
ノゲイラとは反対方向から、首を左右に振り興奮状態のコカトリスが姿を見せる。
観客達は立ち上がり叫ぶ者も居る。
無謀にもコカトリスに単身で戦いを挑んだノゲイラを称賛する声もある。
しかし、彼等の共通の思いは「無残な死に方を見せてくれ」で一致している。
コカトリスの姿を見たノゲイラは、ザボーグの方を見て叫んでいる。
話が違うとか、騙した等を叫んでいるが、観客席からの声でかき消されていた。
ザボーグも一度だけ、ノゲイラを見て笑っていた。
「では、開始です!」
ザボーグが右手を上げてから叫びながら、上げた右手を下ろす。
コカトリスは、叫びながらノゲイラに突進する。
元奴隷商人相手だと思っていたノゲイラは剣を持っているだけで、防具等は装着していない。
俺は闘技場内の片隅、つまり一等席でその光景を見ている。
辛うじてコカトリスの突進を躱すが、コカトリスは避けられると口から炎を吐き出す。
しかし、それもノゲイラは避ける。
当然、観客席からは怒号が飛び交う。
進行役のザボーグも、ノゲイラが逃げてばかりだと実況をしていた。
今迄であえば、進行役が実況はしていなかったが、ザボーグは実況もして場を盛り上げようとしているらしい。
逃げ回るノゲイラだが、生き残る戦い方なので観客達からしたら全く面白くない。
そう思いながら必死なノゲイラを俺は見ていた。
すると突然、コカトリスが鳴き声をあげる。
興奮してというより、痛みで叫んだ感じだ。
どうやら、見かねたエランノットが調教の腕輪で、コカトリスに何かしたのだろう。
先程以上に興奮したコカトリスは、ノゲイラに向けて大きな炎を吐く。
ノゲイラは避け切れずに左半身に炎を受ける。
そうなってしまっては、後はコカトリスの攻撃を好き放題受け続けていた。
口から出された炎をまともに受けて、全身に火傷を負っている。
一矢報おうと、コカトリスに剣を振り下ろすが、その剣も呆気なく折れる。
エランノットは剣にも細工をしていたようだ。
俺は用心深い奴だと感じる。
この瞬間、観客達が一斉に盛り上がっていた。
最後の希望である剣が折れてしまい、ノゲイラの目から光が消えていた。
それは俺が何度も目にした、奴隷にされた者達と同じ目だった。
武器を失い、まともに動く事も出来ないノゲイラは、コカトリスに火傷した左腕を嘴で切断される。
ノゲイラの絶叫と共に、切断口からは大量の血が垂れている。
それでも逃げようとするノゲイラを、観客達は笑っていた。
コカトリスはノゲイラを捕まえると、嘴で跳ね飛ばしたり蹴ったりしている。
観客席からは、コカトリスの行動に歓喜している。
ノゲイラにしてみれば自業自得なので、同情する気は全くする気は無いが、客観的に改めて観察すると、本当に観客席に居る貴族や商人達は、死んでも問題無い奴等だと感じる。
「お前も、あんな奴になるなよ。我らは誇り高き貴族なのだからな」
「父上、分かっております。人は生まれながらに価値が決まっています。あんな、価値の無い者等に私がなる筈無いでしょう」
「そうだな。神によって私達は選ばれた者達だからな」
俺の近くで観戦している貴族達の会話も耳に入ってくる。
宗教も無く、崇める神さえもいないこの世界で、神を語り正当化している事が許せないでいた。
同時に、神の使者である俺が、神であるエリーヌに関係なく俺自身の判断で勝手に、同族である人族を殺す事に問題は無いのかと疑問に思う。
もしかしたら、暴走した魔王等も俺と同じように、この世界の状況を見ていたのかも知れない。
どちらにしろ、今回の件が終わったら久しぶりにエリーヌと話をしようと思う。
観客達が一斉に立ち上がり、拍手をしていた。
どうやら、俺が考え事をしている間に決着が着いたようだ。
天を仰ぐ様に顔を上げているコカトリスの嘴の先には、消炭となったノゲイラが突き刺さっていた。
コカトリスが嘴を開けると、ノゲイラの体は引き裂かれた地面に落ちる。
観客席から、今日一番の歓声と拍手が響き渡っていた。




