53話 裏方の苦労!
酒場では、既に何人かが酔いつぶれている。
タダ酒より旨い酒は無いのだろう。
階段を下りている俺に気付いたギルドメンバーが、俺に向かってグラスを上げて感謝している。
フロアに着くと質問攻めにあったが、シキブとムラサキが止めてくれた。
今日会ったばかりの俺を、常に気に掛けてくれている。
本当に、このふたりには感謝している。
とりあえず、酒を貰い乾杯をする。
何気ない話をしたりしていたが、ムラサキが受付嬢にデレッとしていると、シキブが表情も変えずにムラサキの太ももをつねっている
……肉が千切れそうだ。
大惨事になる前に、ムラサキの横に行き【治癒】を掛ける。
ムラサキは、一気に酔いが覚めたようで大人しくなった。
この二人の恋話は、面白そうなので、今度聞いてみる事にする。
皆、楽しく呑んでいるかを見渡していると、ひと際忙しそうに動いている人物が居る。
よく見ると酒場の従業員だ。
厨房の方も見てみると大忙しの様子だ。
「ここは、いつもどれくらい繁盛しているんだ?」
シキブに尋ねてみる。
「そうね、いつも十数人いる位じゃないかしらね。 今日はタクトの奢りだから、いつもの三倍以上は居るから大繁盛ね!」
酒場に入れないものは、隣のギルドの大広間でも呑んでいる。
従業員の数が圧倒的に足りていないのではないか?
……しまった。
「少し席を外す」
シキブ達から離れて、厨房へ行く。
「主人、今日は従業員何人居るんだ?」
「あぁ! 今日は俺入れて二人しかいねぇよ。なんで今日に限って、こんな忙しいんだよ」
……フロアはさっきの子だけって事か。
「主人、作りながらでいいので聞いてくれ!」
「あぁ! なんだよ! この忙しさを解決出来るなら聞いてやってもいいぞ!」
「その解決案だ」
俺は、カウンターの上から皆に声を掛けた。
「皆、聞いてくれ! 今日は従業員がフロアに一人と、主人の二人しかいない。 酒や食物が皆に渡らないのは俺としても心苦しい。 そこでだ、呑み終わってもう一杯欲しいときはこのカウンターまで来て、グラスと交換に新しい酒を貰ってくれ! 料理はこのテーブルに並べておくので、小皿に好きなだけ取ってくれ! すまないが協力してくれ!」
状況が分からない状態で、酒や料理がなかなか届かない苛立ちから、雰囲気が悪くなるのは困る。
それなら多少面倒でもセルフにした方が混乱は無くなる筈だ。
「そういう事なら仕方ない。皆、協力しようぜ!」
ムラサキが同意してくれたことで、他の冒険者たちも積極的に協力してくれた。
ありがとうムラサキ。
家でシキブから暴行受けたら、俺が治療に行ってやるよ!
俺は、厨房に入り主人の手伝いをして、料理を作り振舞った。
夜も更け、徐々に帰っていった。
最後に残ったのは、俺とムラサキとシキブの三人だった。
ムラサキは、既に寝ているが……。
「兄ちゃん、有難うよ。助かったぜ! しかし、なんで今日はこんなに客が来たんだ?」
主人は、後片付けをしてフロアに出てきた。
「ガイル、スイマセンでしたね。今日はタクトの奢りだったんで皆、浮かれていたんでしょね」
酒場の主人は『ガイル』という名前らしい。
「ほぅ、兄ちゃん太っ腹だな」
「いや、それより支払はどれ位だ?」
「今日は疲れたから、明日までに清算しておくので明日の夜に、もう一度来てくれ」
まぁ、仕方が無いか。
特に予定も無いから別に問題無い。
「お疲れ様でした」
先程の従業員がお茶を持ってきてくれた。
「紹介が遅れましたが、『フィデック』と言います。今日は手伝って頂き、ありがとう御座いました」
「その原因を作ったの俺だからな」
お茶を飲み干して、
「俺もそろそろ宿に戻るかな」
「そうですね、ムラサキがこんな状態ですので、私達はギルマスの部屋で泊まることにします」
「ムラサキ、運ぼうか?」
「いえ、御心配なく」
そう言うと、片手で簡単にムラサキを肩に抱えて「おやすみなさい」と言って階段を上がっていった。
……シキブは本気で怒らせてはダメだと改めて心に刻んだ。