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509話 妖艶!

「相変わらずだな、お前は」


 忙しそうに鍋を振るガイル。

 俺に文句の一つでも言いたい気持ちは、よく分かる。


「忙しい所、悪いがついでに二品程追加で頼めるか?」

「あぁ、別に構わないが、簡単な物になるぞ」

「悪いな。それで頼む」


 そう言いながら、俺はカウンターでセフィーロと酒を呑んでいた。

 ガイルもセフィーロが気になるのか、チラチラと見ている。

 多分、俺が王女であるユキノから好かれている事は感付いているので、浮気でもしているのだと思っているのだろう。

 背後からは、冒険者達の嫉妬の視線を感じていた。


「タクトさん。二品目出来ました」


 厨房で料理人見習のロイドが声を掛けて来た。

 俺は少しだけ厨房に入り、死角で【アイテムボックス】に料理を仕舞う。

 振り返ると背中に刺さりまくっていた、嫉妬の眼差しを浴びる。

 ただでさえ、女っ気が無いのと酒の力もあり、嫉妬は最高潮に達しているようだ。


「少し席を外すわね」


 セフィーロはそう言うとカウンター席を立ち、冒険者のテーブルに移動して椅子に座る。


「私にも一杯頂けるかしら?」

「勿論!」


 声を掛けられた冒険者は上機嫌で、セフィーロの酒を注文する。

 注文を受けたフロア担当のフィデックは、忙しそうにフロア中を移動していた。


「あらっ、こんな所を怪我しているのね」

「あぁ、こんなの大したことない」


 セフィーロは冒険者の手の怪我を見つけると怪我をしている手を両手で包み、顔のまで持って行くと傷口を舐める。


「ちゃんと手当てしないと駄目よ」

「は、はい」


 傷口を舐めるセフィーロの姿は妖艶だった。

 舐められた冒険者は、心ここにあらずと言った感じだった。


 その姿を見た他の冒険者達の怪我自慢が始まる。

 我先にと、大きな傷口をセフィーロに見せていた。

 俺は「問題起こすなよ」と思いながら、ヒヤヒヤしていた。


「王女様に愛想尽かされたか?」


 ガイルが料理を持って俺の所に来た。


「いいや、今も向かいにある俺の家に、家族と来ているぞ」

「そうか……って、国王様達か!」


 ガイルは大声を出すが、セフィーロの騒ぎで誰の耳にも届いていない。


「ちょ、ちょっと待て。今、作っている料理は国王様や王妃様の口に入るのか」

「あぁ、そうだ。ユキノの推薦で、ガイルの料理を食べる事になったんでな」

「そういう事なら、もっと良い食材を使っただろうが」

「別に特別な料理じゃなくても、ガイルの料理は旨いから大丈夫だ」

「いや、そういう事じゃなくてだな」

「まぁ、伝えるのが遅れたのは俺の責任だ。悪かったな」


 俺が素直に謝ると、調子が狂ったのか「もういい」と言って、厨房の奥に戻って行った。

 カウンターには次々と酒が出される。

 フィデック一人では運べそうにないので、俺も手伝い酒を運ぶ。

 原因はセフィーロだった。

 一人一杯の酒で傷口を舐めているようだ。

 ……合法的に試飲している。

 傷口を舐めては酒を一気に飲み、すぐに傷口を舐める。

 舐められた冒険者達は鼻の下を伸ばしてだらしのない表情をしていた。


「……おい」

「あら、タクト。酒を持って来てくれたのね。どうも、ありがとう」


 何事も無いかのようにセフィーロが、俺に礼を言う。

 順番待ちしている冒険者達は、「順番を守れ!」と俺に文句を言ってくる。


「大丈夫よ」


 酒を呑み終えたセフィーロは、そう呟いた。

 冒険者達に言ったのか、それとも俺に言った言葉なのかは分からない。

 とりあえず、何を言っても無駄だし、お互いが納得しているのであれば俺が口を挟む事も無い。


 カウンター席に戻り、ガイルが料理を作る姿を見ながら酒を呑む。

 ロイドも皿洗い等を終えると、ガイルの料理を手伝っていた。

 後ろのテーブルは大盛り上がりのようだ。

 しかし、酒がカウンターに出されない。

 順番待ちしていた全員の酒が出たようで、一段落していた。


「ほら、四品目だ」


 ガイルが料理を見えない場所に置く。


「ロイド! 残りの二品は、お前が作れ。俺は休憩する」

「はい!」


 俺は料理を仕舞いカウンターに戻り、ガイルに尋ねる。


「ロイドに料理を作らせているのか?」

「あぁ、覚えが早い。なにより、料理と向き合っている姿勢が凄いな」

「そうなのか」

「俺が言わなくても、俺の欲しい食材等を先に準備してくれる事も多い。あんなに良い人材を俺に預けてくれたお前には、感謝するぞ」

「まぁ、たまたまだな」


 そう言いながらガイルと酒を酌み交わす。


「しかし、あの女性は綺麗だな」

「……そうだな」

「お前の仲間か?」

「仲間と言われれば、仲間だな」


 ガイルの質問に対する回答に困る。

 正直、セフィーロとの関係は俺もよく分かっていないからだ。


「シキブとイリアも引退するそうだが、知っていたか?」

「あぁ、早い段階で聞いた」

「一つの時代の終わりだな。世代交代か……」


 ガイルは寂しそうに遠くを見ながら呟いた。


「おいおい、変な事を考えているんじゃないだろうな」

「何を言っている。俺の後継者としてロイドを育てているんだろう。あいつが一人前になった時が俺の引退だ」

「そういう事なら、ロイドにはいつまでも半人前でいて欲しいな」

「それは駄目だ。俺が楽を出来ない」


 俺もガイルも少し笑っていた。



「お待たせ!」


 ロイドの料理が出来上がって数分後、セフィーロがカウンターに戻って来た。

 振り向くと、冒険者達は酔っぱらったのか寝ている者達まで居た。


「何もしていないだろうな」


 既にガイルも厨房に戻っているが、小声でセフィーロに話す。


「大丈夫よ。しかし、貴方のに比べたら、全然美味しくなかったわ。やはり、貴方はキープしておかないとね」

「それは、どうも」


 フロアに居たフィデックを呼び止めて、料理代等を支払う。

 厨房のガイルとロイドに礼を言って、家に戻る。

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