506話 健康診断!
二階に上がると、イリアが扉を叩いて返事が返って来たので中に入る。
「よっ、タクト! 久しぶりだな」
「久しぶり!」
シキブより先に、ムラサキと挨拶を交わす。
イリアが扉を閉めると俺は【結界】を張る。
しかし、すぐに破壊された。
思わずセフィーロの方を見ると、笑顔で俺を見ていた。
間違いなくセフィーロのスキルだが、問い詰める事は止めておく。
俺の行動に気が付いたシキブとムラサキは、何かあると感じたようだ。
こういった所で、経験の差が出るのだろう。
皆を座らせて、俺は扉の前に立つ。
「タクトも座りなさいよ」
「いや、俺はここで良い」
何かあるといけないので念の為、扉前で待機する。
「大丈夫よ。何も起きないから、タクトも座りなさい」
セフィーロが俺に座るように促す。
目を見るが「早く座りなさい」と言っている事が分かったので、セフィーロに従う。
シキブ達がセフィーロに自己紹介をする。
最後のイリアが自己紹介を終える。
「次は私の番ね」
そう言うと、目を閉じる。
目を開けると、黒い眼は紅く変わっていた。
シキブにムラサキそして、トグルが戦闘態勢を取ろうと動こうとするが、動けないでいた。
「初めまして、ヴァンパイアロードのセフィーロです」
笑顔で自己紹介をする。
「おい、問題起こすな」
「はいはい」
セフィーロが俺に返事をすると、冒険者三人はそのまま座り込んだ。
「悪いな。どうしてもギルマスに挨拶したいと言ったんでな。因みに、ネロの母親でもあるし、俺は勿論だがアルやネロでも敵わない数少ない存在だ」
俺の発言で一気に緊張が走った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
笑いながら話すセフィーロだが、シキブ達は緊張したままだ。
喉に刃物でも突き付けられている気分なのだろう。
「一応、俺と約束はしているし、ゴンド村に仮に住まいを設けると言っているので安心してくれ」
「ゴンド村に!」
誰よりもシキブが反応して、立ち上がろうとする。
「おいおい、お腹の子は大丈夫なのか?」
「そうだぞ、安静にしていろ」
俺とムラサキが、シキブの体を心配する。
「タクトも言ってるように安心して良いわよ。少しだけ今の冒険者ギルドの状況に、興味があっただけだから」
「……はい」
シキブは静かに返事をする。
「御詫びと言っては何だけど、貴女の体を診断してあげるわ」
「……診断?」
「えぇ、一滴だけ血を貰えるかしら」
シキブは俺の顔を見るので、静かに頷いた。
椅子の横に置いてあったムラサキの大剣で、指を少し切り血を出す。
血が机の上に垂れると、俺はシキブに【治療】を施して傷口を治す。
机の上の血を指につけて、セフィーロは口に運んだ。
「成程ね、シキブって言ったかしらね。貴女、最近めまい等起きているでしょう」
「はい」
「とりあえず、乳を多めに飲んだり、緑花野菜を出来るだけ食べる事ね。あと、めまいが酷いようなので、肉ももっと食べ無いとね」
「は、はい」
流石、血液のプロだ。
舐めただけで、シキブの健康状態を当てていた。
「書く物あるかしら?」
「お、おぅ」
ムラサキはそう言うと立ち上がり、シキブの机から何も書かれていない紙等を持ってきた。
セフィーロは受け取ると、紙にレシピを書き始めた。
しかも、数種類書いている。
「こんなものね、はい」
セフィーロは紙をシキブに渡す。
「……凄いな」
感心して思わず言葉にしてしまった。
「私達も昔はこういった事もしていたのよ。治療魔法だけでは出来ない事だしね」
「吸血鬼族を敵に回した事で、こういった事も廃れていったって事か」
「そうね。信頼関係が成立している事が前提だし、私は妊婦には優しいわよ」
「それは俺と信頼関係が築けているって事と捉えて良いんだよな」
「そうね」
セフィーロは笑っている。
しかし、以前に聞いた迫害の話を思い出してしまい、セフィーロが可哀想に思えた。
「ありがとうございます」
シキブとムラサキはセフィーロに礼を言う。
「そこまで感謝される事じゃないから」
セフィーロは手を左右に振る。
「その、セフィーロ様がゴンド村に住まわれるというのは、本当なのですか?」
シキブがセフィーロに先程の話を確認する。
しかし、セフィーロに様付なのはヴァンパイアロードだからなのか?
「何かあるのか?」
不思議に思い、シキブに尋ねる。
シキブとムラサキは顔を見合わせると、ムラサキが口を開いた。
「実はタクトに相談しようと思ってな」
「何だ?」
「その、俺達の子をゴンド村で育てようと思っているんだ」
「はぁ?」
いきなりの事で驚く。
話を聞く限り、ゴンド村での生活を見たムラサキとシキブは価値観が変わり、自分達の子供も種族関係無く、のびのびと育てたいらしい。
ゴンド村であれば、村民も皆優しいので移り住みたいという事だった。
「そこに家買ったばかりだろう。それにムラサキは次のギルマスだろうに、どうするんだ?」
「あぁ、家はトグルに売るつもりだ」
ムラサキの言葉に俺は、トグルの方を向くと顔を真っ赤にして下を向いていた。
「お前にはリベラと報告するつもりだったんだが……」
「結婚するつもりなのか?」
「いずれはだが、とりあえずはザックとタイラーの四人で住むつもりだ」
たどたどしく説明するトグルだが、言いたい事は伝わった。
「そうか、寂しくなるな」
何となくアパートの管理人の気分で、巣立って行く者達を送り出す気分だった。
「しかし、ギルマスの件はどうするんだ?」
「サブマスをトグルにして、別の場所から新しいギルマスを呼ぶ事にしたわ」
「新しいギルマス?」
「えぇ、タクトも知っている顔よ。今も引き継ぎをしているので、この街に居るわよ」
シキブの言葉に全く心当たりが無い。
暫く俺が考えていると、トグルが答えを言う。
「ルーノの馬鹿だ」
ルーノ? 名前を聞いても思い出せない。
「本当に覚えていないの? 一度、戦ったでしょう。狼人族のルーノよ」
「あぁ、リンカの兄貴か!」
以前に、奴隷商人から助けた中に、狼人族であるリンカが居て、それを迎えに来たのが他の所でギルマスをしていたルーノだった。
色々あり、ルーノとは戦った経緯があった。
「妹の名は覚えているのに、ルーノを覚えていないなんて……」
「いや、印象が薄かったから覚えていなかっただけだ」
「まぁ、いいわ。そのルーノが若手にギルマスを譲るという話を聞いたので、連絡を取ってみると本当だったのよ」
「なんで、ギルマスを止めようと思ったんだ?」
「何でも領主と喧嘩したらしいわよ。面倒な事を全て冒険者ギルドに依頼するので、ルーノも堪忍袋の緒が切れたみたいね」
「そんな事が許されるのか?」
「まぁ、ある程度は領主との信頼関係が無いと成立しないから、仕方ないわね。グラマスも頭を抱えていたわよ」
「そうなのか。大変だな」
「常識の通じない冒険者が居るギルドは、もっと大変よ」
シキブは俺への皮肉を込めていた。




