360話 師匠の意地!
訪れた事の無い場所の為、【転移】は使えないので【神速】で目的地まで走って進む。
タイラーに案内をしてもらいながら最短距離で、思っていたよりも時間もかけずに、目的地まで到着する事が出来た。
建物の中からは、戦闘音が聞こえる。
扉を開けると、トグルとクニックスが戦っていた。
「おやおや、魔王まで登場ですか!」
老人は俺を見るなり、そう呟いた。
腕にはリベラが身動き出来ない状態で捕まっていた。
トグルに加勢しようと構えるが、
「お前は手を出すな!」
決して優勢とは言えない状態のトグルが、加勢を断る。
「そうそう、早くしないとあの鬼人の子供が死んでしまいますよ!」
老人の目線の先を追うと、傷だらけで血を流しているザックが壁に貼り付けられている。
「手出し無用ですからね。加勢するつもりでしたら、あの子供と、この娘どちらも死ぬ事になりますよ」
どうやら、あの老人からクニックスと一対一で勝てば、助けてやると言われたみたいだ。
それにトグル自身も、弟子であるザックとタイラーを傷付けられたので、師匠としての意地もあるのだろう。
俺は、タイラーに【結界】を張り動かないように言う。
そして、俺を魔王だと知っている老人を【神眼】で見ると老人の正体は『ガルプツー』だった。
クロを調査から呼び戻して、シロと此処に呼ぶ。
「おやおや、正体が見破られたようですね」
クロが現れた事で察したのか老人は、自分がガルプツーだと白状する。
「今度は、何が目的なんだ?」
「目的? おかしな事を聞きますね。目的はひとつだけ、そう人族の殲滅だけですよ」
怒りに満ちた顔で話すガルプツーとは対照的に、クロは悲しそうに見つめていた。
「あなた達は、このまま手を出さずに、死んでいく仲間を観戦するしか無いんですよ!」
先程までの話し方とは異なり、語尾が強くなっている。
隣で捕まっているリベラは涙を流しながら、トグルの戦闘を見ていた。
クニックスの六本の腕は人体実験で強化されているのか、トグルの剣でも傷を付ける事が出来ない。
そればかりか、トグルの剣が刃こぼれしている。
硬度は完全にクニックスの方が上だ。剣が折れるのも時間の問題だろう。
俺はムラマサに語り掛ける。
(ムラマサ、悪いが他の奴にお前を貸しても良いか?)
(お前の頼みなら良いが、そいつから対価を貰うぞ!)
(出来る限り少ない量で済ませてやってくれるか? 後で俺から好きなだけ吸ってくれ)
(約束は出来ないが、戦える程度は残して吸うからな)
(それで構わない。頼む!)
俺がムラマサとの話を終えると同時に、クニックスを斬り付けたトグルの剣が折れて反撃を受ける。
後方に飛ばされたトグルは折れた剣の握ったまま、まだ戦おうとしていた。
俺はムラマサを出して、トグルの目の前に【転送】させる。
目の前に突如、剣が現れたが俺の仕業だと分かり、躊躇なくムラマサを手に取る。
トグルのイメージした姿にムラマサが変化していく。
色も俺の時よりもさらに黒くなった。
トグルも魔剣だと知っているので、覚悟をしてムラマサを手に取ったのが分かる。
折れた剣では、勝てないと分かった上での選択だ。
ムラマサの形が変化していくのに、ガルプツーが驚いた隙に【転送】でリベラを救出する。
「くそ!」
不意をつかれたガルプツーは、ザックの所に移動しようとするが、ザックも【転送】で救出する。
「小賢しい真似を!」
ガルプツーが俺を攻撃しようとするが、クロがそれを阻止する。
「ガルプワン、邪魔をするな!」
「ガルプツー! もう、こんな事は止めろ」
「うるさい!」
クロの攻撃がガルプツーに直撃する。
「……毎回、邪魔ばかりして」
傷が深いのか、ガルプツーは影の中に消えようとしている。
「待て、ガルプツー!」
クロが影の中で逃がさないようとするが、既にガルプツーを追えなかったようだ。
影を見ながらクロは悲しそうな顔をしていた。
「ぐあぁぁぁ!」
クニックスの叫び声が聞こえる。
トグルの攻撃で、六本ある腕のうち一本を斬り落としたのだ。
その後も、次々と腕を切り落としていく。
怪力だけの魔物なので、攻撃の軸になっている腕を切り落とせば有利になる。
切り落としていくトグルの姿だが、とてもムラマサに『HP』と『MP』を吸われているようには思えなかった。
腕を二本残して、左肩から右脇腹に斬り込むとクニックスは動かなくなる。
【神眼】で確認するが、死亡していた。
核は無いので、人体強化の実験の成れの果てなのだろう。
「ザック!」
戦闘を終えたトグルは、ザックの所に駆け寄る。
悲しい事に、ザックは息をしていない。
ザックの傍で泣きじゃくるリベラとタイラー。
俺が【転送】した時に、ザックの死亡を確認していた。
但し、それはリベラやタイラー達には伝えずいたので、自分の目で確認してザックが死んだという事実と直面する。
トグルも、泣きながらザックの名を呼んでいる。
俺はシロとクロの方を向く。
「御主人様、お気を付けて」
「主、後の事はお任せ下さい」
「……悪いが、頼んだぞ」
シロとクロは頷く。
俺はザックの所に行き、跪く。
「悪いが、少し離れていてくれるか?」
「何をする気だ!」
「……ザックを生き返らせる」
代償等が何なのか分らないが、ザックを生き返らせるには【蘇生】のスキルを使うしかない。
何が起こるかも分からないので、他の者をザックの身体から離すが、ザックの名だけは絶えず呼び続けて欲しいとだけ頼む。
胸に手をおいて【蘇生】を発動させる。




