278話 王都魔法研究所-2
「その転移魔法は、私でも体験出来るのか?」
玩具を貰える子供のように期待をした様子で、俺に詰め寄ってくる。
「別に問題ないが、口外禁止だ。ローラには言っていたはずなんだがな……」
「所長の疑問に答える為には、重要な事だ。臨機応変に対応したまでだ」
ローラに口では勝てないので、これ以上は何も言わなかった。
シーバとローラを連れて、ジークにあるローラの部屋まで【転移】する。
「……なんだ、このゴミ部屋は!」
「ローラの研究部屋だ」
「何処に何があるかは分かっておるから、別に問題ないだろう」
「そうか、それなら別に問題ない」
……問題ないのか? もしかして、シーバの研究部屋も似たようなものなのか?
「分かったのなら、戻るぞ」
王都魔法研究所の所長室に戻る。
「ほうほう、こんな感じなんだな」
シーバはひとりで納得しておる。
「転移魔法を使える者が居るのなら、物質転移でなく、人も転移可能になるかも知れん」
「……どういう事だ?」
シーバの原理だと、転移魔法と魔法付与を両方とも出来る者が居れば、扉に転移魔法を付与すれば指定した扉の場所に【転移】出来るという事だ。
……成程、前世の青い猫型ロボットの扉を開けたらどこにでも行ける道具と似たようなものか!
しかし、その発想は無かった。この理論が確立されれば俺が居なくても、四葉商会からアラクネ族やドワーフ族の集落に行き来する事が可能だ。
流石は、王都魔法研究所所長だ!
「俺は、【転移】と【魔法付与】両方共使えるぞ!」
この言葉にシーバは「本当か!」と俺の顔の目の前まで、自分の顔を近づけて叫んだ。
「本当だ。但し、この道具が出来ても市場には出回らせるつもりは無い。俺の知り合いもしくは、信用出来る者への高額な値段での販売しかしない」
「確かにそうだな。出来れば当研究所への配慮をしてもらえると助かるのだが……」
「それはこれからの信頼関係次第だな」
発見したのはシーバなので、若干気が引けたがそこは商売だと割り切る事にする。
実際は、知り合いに法外な値段で売るつもりも無いが、牽制しておかないと安価で手に入ると思われても困る。
シーバから原理をもう一度聞き、その内容を【全知全能】に確認してみる。
回答は可能だ。しかし、条件として【魔法付与】する際には、対となる扉に同時で魔法を施さないと駄目らしい。
その扉を建物に取り付ければ、扉同士での往来が可能になる。
どちらかの扉が壊れた場合は、使用不可になるので注意が必要なようだ。
壊れた場合も含めて、幾つかの扉を用意すればこの問題は解決出来る。
「試しに作ってみるか?」
実際に作ってみたいと思ったので提案をすると、シーバもローラも乗り気だ。
扉が無いと言うと、シーバが少し待つように言い、誰かと連絡を取るとシーバの案内で別の部屋に移動する。
物置部屋の様な所に、机や椅子そして扉や壁等が無造作に置かれていた。
「以前に研究中に爆発をして壊れた部屋の部品や、使用しなくなった物だ。実験するには丁度良いだろう」
とりあえず、開閉可能な扉を探すと同じような大きさの扉を発見したので、倒れないように落ちていた木材等で固定をする。
扉同士に【魔法付与】で【転移】を掛ける。掛け終わると扉を、数メートル離して設置する。
【全知全能】に危険は無いかを確認するが、問題無いと回答があったので俺が実験体として最初に入る事にする。
シーバとローラは、両方の扉が見える位置まで移動させる。
「それじゃあ、実験を始めるぞ」
シーバの持つ杖が興奮している為なのか、小刻みに震えている。
俺が扉を開けると、もう一方の扉も開いたのを確認出来た。扉の向こうの風景も多分、もう一方からの風景だろう。
一歩進んで、扉の中に入ると別の扉から出る事が出来た。
「おぉ、成功したぞ!」
「面白い!」
シーバとローラは、言葉は違うが新発明に感動している。
その感動の中、俺が扉を閉めると扉が壊れてしまった。
それを見たシーバは残念そうだったが、自分の原理が証明された事による感動の方が勝っていたようで、俺の所まで歩いてくると両腕を掴む。
「タクト殿、頼むからこの装置を魔法研究所の為に、二組いや、一組でいいので作って貰えないか」
シーバの気迫は凄かった。ローラからも丁重に頼まれる。
新しい発見に興奮するのは分かるが、それとは別の意図を感じる。
「どうして、そんなに必死なんだ?」
疑問をシーバに聞く。
理由は簡単なものだった。王都とルンデンブルクとの魔法研究所の事だった。
研究内容によってそれぞれの魔法研究所に異なるが、情報の共通化がなかなか出来なかったり、諸事情の関係で王都からルンデンブルクに移ったり、逆もあったりと効率が悪いらしい。
扉があれば、魔法研究所間の往来が楽になるので、そういった問題が解決されより研究に没頭出来る環境が作れるという事だった。
「さっきも言ったが、作るからにはそれ相応の対価が必要になるが、それだけの物があるのか?」
「金貨は無いが、新技術の開発等の提携でどうだろうか?」
新技術の開発提携は嬉しいが、それだと俺の自由が無くなる気がする。
その事をシーバに伝えると「……確かに」と残念そうにしていた。
俺が思っていた以上に残念そうにしている姿を見ていると、申し訳なく思える。
少しでも職場環境を良くしようとしているのも分かるので、妥協案を提示する。
「先に一組作ってやる。その代わり、この技術は、四葉商会独自の物でいいか?」
「それは構わんが、タクト殿には何一つ得が無いのでは?」
「そうだな、これで人々の暮らしが楽になると言うなら良いだろう。大量虐殺の武器開発をしたら直に壊すぞ!」
「そんな物騒な物は開発しないと約束する。それに四葉商会から研究に興味がある者を、ここで働かせてもいい」
「万年人不足なんでそんな優秀な人材はいないな」
「それなら、私が四葉商会の者として、ここで働こうか?」
ローラが魔法研究所を退所して四葉商会の者として、働く事を言い出した。
それを聞いた、シーバは慌てていた。
ローラは、純粋に研究がしたい。これ以上、魔法研究所に在籍していると、いずれ管理職に回されて研究が出来なくなる。
そうなるくらいなら、四葉商会の者として常に現場に居続けたいとシーバに説明していた。
「ローラの気持ちは分からんでもない。私もそう思っていた時期があるからな」
シーバもローラの気持ちを理解している様子だ。
「四葉商会との技術提携に伴い、ローラには四葉商会側の代表という事で、副所長と同権限を与える。内容は現場での研究だけという事でいいのか?」
「所長、配慮頂き有難うございます。」
「勝手に話が終わっているけど、俺はローラを四葉商会に入れるとは一言も言っていないぞ!」
「タクトは、私が四葉商会に入ると迷惑なのか?」
「いや、そんな事は無いぞ」
「それなら、何も問題無いだろう?」
確かに、ローラが四葉商会の代表として、魔法研究所で働いてくれる事は大変助かる。
しかも、俺が言い出したわけでもなくローラ自身が提案した事だ。
「分かった。これから宜しくな!」
「こちらこそ」
ローラの四葉商会入りが決定した。
シーバとも話し合い、ローラの賃金は四葉商会に技術提携の名目で支払われることになり、ローラが関わった開発品は魔法研究所と四葉商会で、半分の権利を持つことで合意した。
正式な書面のやり取りは後日、シーバとローラで行って貰う様頼んだ。
「ローラは王都に戻るのか?」
「なんでだ?」
「ジークに居る必要が無いだろう?」
「確かにそうだな。近日中に王都に戻るとするから、引越し頼むぞ」
「……おい、俺は引越し屋じゃないぞ」
「タクト以上の適任者は居ないと、前回の引越しでも言っただろう」
何を言っても無駄なので、溜息をつきながらも了承する。
「タクト殿、この扉は新技術なので国王への報告と名前が必要になります」
「そうなのか! それなら後で一緒に国王の所へ行くか。それに名前は俺が付けてもいいのか?」
「開発者が名前を付けるのが通例です」
「そうか、それなら『転移扉』でいいだろう」
「……相変わらず、安直な名前の付け方だな」
ローラは呆れている。
「それでは、研究所内の扉をどこか壊して『転移扉』を早速作りましょう」
シーバは直ぐにでも欲しい様子だ。
「出来たら、研究所内の研究員達に御披露目をします」
新しい技術が確立されたら、研究所内で御披露目をしてから国王へ報告するのが一連の流れらしい。
『物質転移装置の改良』ではなく、転移扉という新技術を開発出来た事は嬉しい誤算だった。
いずれは、物質転移装置の小型化も必要になるが、現状での優先順位はかなり下がった。
「それよりも『情報伝達の新技術』の件はいいのか?」
俺的には固定電話になりうるこの技術にも興味があったが、ローラが理論は確立されている事と、足りない材料があれば俺が調達してくるので、問題無いと言っていた。
ローラが問題無いと言うのであれば、任せておいて安心だ。
マリーやフラン達には事後報告となるが、直接関係ないのでそれ程文句も言われないだろう。




