213話 ケジメ!
「どうだ! 順調か?」
扉を開けると、数分前と違い紙が乱雑に散らかっていた。
「なんだこれ?」
数枚拾ってみると、ラフな絵になっているが、全てシキブの衣装デザインなのは分かった。
紙だって、貴重品なのを忘れていないか?
「おい、一着だけだぞ!」
シキブは、分かっているがユイのデザインを見ていると、色々と浮かんでしまうと、責任転換していた。
「ムラサキは、決まったのか?」
「あぁ、俺はコレだ!」
渡されたデザインは、現在着ている服とあまり大差がない。
ムラサキ自身も、あまり服に興味が無いので、動きやすければいい程度らしい。
「シキブ、いい加減決めろよ!」
「分かっているけど、女性にとって衣装は大事なんだから!」
シキブは、買い物も時間を掛けるタイプだな。
時間が掛かりそうなので、ムラサキと座って話をする。
話の内容は、ダウザーの事だった。
「来ていたのなら、俺も会いたかったぞ!」
「そうか、知り合いだったな!」
「あぁ、ただの無茶苦茶な人間かと思っていたら、ルンデンブルク家の跡継ぎだったから驚いたな!」
「多分、変わっていないぞ!」
「そうか、どことなくお前に似ているぞ!」
「それは、ダウザーが気の毒だな!」
「そこは、お互い様だろう!」
ふたりで笑う。
「ムラサキ~、どっちが良いと思う?」
シキブがデザインを二枚持って、ムラサキに意見を聞いてきた。
これは「どっちが良い?」と聞いてきて、自分の思いと違う方を言うと、「でも~」とか言って結局、自分の気に入っている方を選ばせる、女性特有の質問だと感じた。
「そう、でもこっちの色合いも良いと思わない?」
……やはり、そうだったか。
それから、シキブとムラサキのやり取りが続く。
扉が空き、イリアが飲み物を運んできた。
「……なんですか、これは!」
呆れたように低い声だ。
「いやね、タクトに服作って貰うのでデザインしていたら、思っていたより多くなっちゃってね……」
「イリア、俺は関係無いからな!」
とりあえず、自己弁護はしておく。
ユイは、テーブルの上にあったデザインを片付ける。
空いたスペースに、飲み物を置くとイリアは落ちていたデザインを数枚見る。
「これは、素晴らしいですね!」
「イリアもそう思うでしょ!」
「はい。 これは貴方が描かれたのですか?」
ユイに向かって、問いかける。
「顔は知っていると思うが、ウチのデザイン担当をしているユイだ!」
ユイは立ち上がって、イリアにお辞儀をする。
「しかし、なんで服の新調なんて、今迄ずっとそのデザインだったのに?」
不思議に思ったイリアが、シキブに問いかける。
「いや~、結婚もしたし気分一新ていうのかな……ね、ムラサキ!」
「おう、タクトが作る服は、凄く軽いし着心地抜群だからな!」
多分、ムラサキには悪気は全くないのだと思うが、シキブが誤魔化しながら話していた事が、全て無駄になった。
それと同時に、「秘密にして欲しい」 と念を押さなかった、自分の危機管理能力を再認識した。
「タクトさん、少し説明頂いてもいいでしょうか?」
いつも通りの口調だが、嫌な気配がする。
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「そうです、そのイメージです!」
イリアが楽しそうに、ユイと服のデザインをしている。
作ってやるとは、俺は一言も言っていない。
シキブや、ムラサキも責任を感じているようだ。
「イリア、作ってやる約束はしていないぞ! それに、俺の店の服は高いし、簡単に変える代物じゃないぞ!」
「……大体、御幾らなんですか?」
「最低、金貨五〇〇〇枚だ。 装飾品付けたりすればそれ以上になる」
イリアに答えると、シキブとムラサキが「えっ!」という顔をした。
「タクト、高いって聞いていたけど、そんなにするの?」
「当たり前だろ! 軽量化と丈夫さに伸縮機能を付けているんだから!」
「……思っていたより、全然高いわ!」
「だから、最初に言っただろう、高いぞって!」
想像以上の価格にシキブ達は、驚いていた。
しかし、これだけの服を安価で出すのは、市場価格の混乱を招く。
それに、ランクBが装着するような防具でも、最低金貨二〇〇〇枚はする。
アラクネ族が作る服は、それ以上の防御力を持っている為、安いくらいだ。
「分かりました。 私は金貨五〇〇〇枚までは出しますので、デザイン頂いた後で金額を御教え願います」
イリアは、予算とデザイン後の予算調整を宣言して、購入の意図を示した。
「……なんで、そんなにまで出して、購入するんだ?」
「これは、私なりのケジメです」
イリアなりに、俺がエイジンにした事を返そうとしているわけか……
「分かった。 いつも世話になっているから多少は安くしてやる」
「有難う御座います」
「シキブ達は、どうする?」
夫婦間で相談をしている。
家を購入した事もあり、予算が無いのだろう。
「……そうね、確かに高いけど、それだけの価値はある服だし、購入するわ」
「分かった。 ちゃんと安くはしてやるから安心しろ!」
「御願いね!」
シキブ達の会話が終わると、ユイの顔色が悪い。
「ユイ、調子が悪いのか?」
「いえ、そんな高級品なのに二着も発注したので……」
「あ~、それなら心配するな! 従業員の衣食住を出来る限り快適にするのが、四葉商会だ。 服は俺からの支給品だ」
少し安心したのか、顔色が良くなった。
「ズルいな~、私も四葉商会に入ろうかな」
「おぉ、いいぞ! 冒険者部門でも作るから、来るか」
あまりに簡単に承諾したので、シキブも面食らっている。
「冗談よ! ギルマスの仕事があるのに、これ以上仕事は増やしたくないわよ」
「そうか、残念だな! ユイを残しておくのでデザインは決定しておいてくれよ!」
「分かったわ」
シキブは、嬉しそうに返事をする。
イリアからは、試験日が王都では二〇日後、魔法都市では九〇日後と教えてくれた。
……王都の試験日のほうが早いのか!
ユイに、「頼むぞ!」と声を掛けて、ギルド会館から『蓬莱の樹海』へ【転移】する。
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「これを頼めるか?」
クララに、ダウザー達のデザインを渡す。
「これは、凄い豪勢ね! 今迄のとは違って面白いわ!」
制作意欲が漲っている様子だ。
クララの所に、アラクネ達が集まって、デザインを見て騒いでいる。
まるで、アイドルの写真を見て騒いでいる女子中学生のようで、本当に楽しそうだ。
「それと、他にも依頼する服があるから、またデザイン持ってくるので頼む」
「別にいいわよ。 タクトが依頼してくれるようになって皆、目的の服が出来るので喜んでいるしね」
「しかし、それだと報酬が全然釣り合わないんじゃないのか?」
「そうね、私達は服飾の技術を高めたいだけなので、報酬はついでみたいなものなのよね」
「そうなのか……俺に出来る事であれば、何かするがあるか?」
「……この絵だけど、私達を書いてもらう事は可能?」
渡された紙は、マリーのウェディングドレス姿の写真だった。
クララ達は、写真の存在を知らない為、上手く書けている絵と認識していたようだ。
「絵では無いが、願いは叶える事が出来るぞ。 暗い部屋か場所を用意だけしておいてくれ」
「暗い場所なら、幾らでもあるから問題無いけど、そんな所で絵を書くの?」
「まぁ、楽しみにしていろ!」




