212話 無い物ねだり!
開店前に、マリーの承諾を取ってから、ユイを連れてギルド会館に行く。
目的は、シキブとムラサキ達の服のデザインになる。
入ると同時に、ユイは冒険者達から声を掛けられるが、慣れてきたのか笑顔で返す事が出来るまでになっていた。
普通に生活出来ている姿を、目の当たりにするとやはり、嬉しいというか安心する。
受付嬢が俺を見つけると、なにやら急いで奥に走って行った。
……身に覚えが無いが、何かやらかしたか?
脳をフル回転させて、最近の出来事を思い出すが、やはり思い当たる事は無い。
奥の部屋から、イリアが姿を見せる。
俺を確認すると、一目散の俺の所まで来ると、いきなり深々とお辞儀をした。。
周りの冒険者達も、何事かとざわつき始めた。
「おい、イリア! どうした?」
俺の言葉に反応して、イリアが顔を上げた。
「私情になりますが、エイジンにして頂いた件、有難う御座いました」
又、御辞宜をした。
「いいから、とりあえず顔を上げろって!」
ダウザーとの記事の件を、エイジンから大まかに聞いていたのだろう。
しかし、この状況は又よからぬ噂が立つと気がする……
「とりあえず、上に行くぞ!」
ユイとイリアを連れて、二階に上がる。
「シキブ、入るぞ!」
ギルマスの部屋に飛び込む。
シキブとムラサキは、何事かと驚いた。
ユイを座らせて、シキブとムラサキのデザインをさせる。
イリアとは、別の部屋に移動して事情を聞く事にする。
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「一体、どうしたんだ?」
「いえ、その……」
いつものイリアらしくない。
「……悩みか?」
先日、エイジンは俺のおかげで、スクープ記事を書けるとイリアには報告したらしい。
守秘義務もあるので、詳しくは聞いていないが、記者人生で一番大きな出来事だと聞かされた。
ただ、俺を見ていて出世に対する価値観が変わってしまい、悩んでいると言う。
「まぁ、俺のせいでエイジンが出世街道から外れるのも、嫌だっただけだ!」
「しかし、それは!」
続けて、話そうとするイリアを遮る。
「仕事すれば上に行きたいと思うのは、普通の事だと思うぞ。 俺が特殊でエイジンとは正反対だから、気になっただけじゃないのか?」
イリアは黙り込んだままだった。
「所詮、無い物ねだりだよ。 自分が持っていない物を羨ましく思うのは、誰にでもあることだ」
「……確かに、そうですが」
「出世を諦めたエイジンは、好きじゃないか?」
「私は、仕事で彼を選んだわけではありません!」
若干、怒り気味だ。
「そうだろ! それに真剣だからこそ悩むんだ。 俺なんて、いい加減だから悩みなんて無いからな」
フザケた動作を交えて話すと、イリアは少し笑った。
「悩んでいるエイジンを見るのは、ツライか?」
「正直、私では力になれないので、歯痒いだけです」
「エイジンも、悩んでいるイリアを見るのはツラいんじゃないのか?」
俺の言葉に、何も言葉を返さなかった。
「それだけ心配するほど、エイジンに惚れているんだな」
イリアは顔を赤くして、
「悩んでいる人を心配するのは、人として当たり前の行動です!」
恥ずかしさを隠すように大きめの声だ。
「それだけ元気なら、安心だな」
いつも通りのイリアに戻ったようなので、部屋を出る。
部屋を施錠し終わると、
「タクトさんは、昇級試験を受けるのですか?」
「あぁ、シキブに紹介状を書いてもらったから、ルンデンブルクでSまで受ける気でいる」
イリアから、ランクA~Sまでの簡単な試験内容を教えて貰う。
ランクAは、ランクBと同じだが難易度のみ異なる。
ランクSは、指定魔物の単独討伐になる。
「まぁ、タクトさんであれば問題無く合格だと思いますが……」
「こればかりは、やってみないと分からないな」
「ランクを上げて、やりたい事でもあるんですか?」
「ん~、やりたい事というよりも、出来る事が増えれば従業員達が笑って過ごせる毎日に、少しでも近づけるだろう!」
「……簡単そうで、とても難しい事ですね!」
「そうなんだよな! 毎日、マリーやフランに叱られてばかりだからな!」
イリアは、笑っていた。
「ところで、ランクの昇級試験日はいつなんですか?」
「えっ?」
「えっ? ランクB以下のように随時試験を行っていないのは、以前に説明しましたよね?」
「……」
確かに、冒険者ランクの昇級説明の時に、イリアからそんな説明を受けていた気がする。
完全に、忘れていた。
「あとで、王都と、魔法都市の試験日を確認しておきますよ」
「……悪いな」
イリアは、ユイに飲み物の用意があると言うので、ひとりでギルマスの部屋に戻る。




