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212話 無い物ねだり!

 開店前に、マリーの承諾を取ってから、ユイを連れてギルド会館に行く。

 目的は、シキブとムラサキ達の服のデザインになる。


 入ると同時に、ユイは冒険者達から声を掛けられるが、慣れてきたのか笑顔で返す事が出来るまでになっていた。

 普通に生活出来ている姿を、目の当たりにするとやはり、嬉しいというか安心する。


 受付嬢が俺を見つけると、なにやら急いで奥に走って行った。

 ……身に覚えが無いが、何かやらかしたか?

 脳をフル回転させて、最近の出来事を思い出すが、やはり思い当たる事は無い。


 奥の部屋から、イリアが姿を見せる。

 俺を確認すると、一目散の俺の所まで来ると、いきなり深々とお辞儀をした。。


 周りの冒険者達も、何事かとざわつき始めた。


「おい、イリア! どうした?」


 俺の言葉に反応して、イリアが顔を上げた。


「私情になりますが、エイジンにして頂いた件、有難う御座いました」


 又、御辞宜をした。


「いいから、とりあえず顔を上げろって!」


 ダウザーとの記事の件を、エイジンから大まかに聞いていたのだろう。

 しかし、この状況は又よからぬ噂が立つと気がする……


「とりあえず、上に行くぞ!」


 ユイとイリアを連れて、二階に上がる。


「シキブ、入るぞ!」


 ギルマスの部屋に飛び込む。

 シキブとムラサキは、何事かと驚いた。


 ユイを座らせて、シキブとムラサキのデザインをさせる。

 イリアとは、別の部屋に移動して事情を聞く事にする。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「一体、どうしたんだ?」

「いえ、その……」


 いつものイリアらしくない。


「……悩みか?」


 先日、エイジンは俺のおかげで、スクープ記事を書けるとイリアには報告したらしい。

 守秘義務もあるので、詳しくは聞いていないが、記者人生で一番大きな出来事だと聞かされた。

 ただ、俺を見ていて出世に対する価値観が変わってしまい、悩んでいると言う。


「まぁ、俺のせいでエイジンが出世街道から外れるのも、嫌だっただけだ!」

「しかし、それは!」


 続けて、話そうとするイリアを遮る。


「仕事すれば上に行きたいと思うのは、普通の事だと思うぞ。 俺が特殊でエイジンとは正反対だから、気になっただけじゃないのか?」


 イリアは黙り込んだままだった。


「所詮、無い物ねだりだよ。 自分が持っていない物を羨ましく思うのは、誰にでもあることだ」

「……確かに、そうですが」

「出世を諦めたエイジンは、好きじゃないか?」

「私は、仕事で彼を選んだわけではありません!」


 若干、怒り気味だ。


「そうだろ! それに真剣だからこそ悩むんだ。 俺なんて、いい加減だから悩みなんて無いからな」


 フザケた動作を交えて話すと、イリアは少し笑った。


「悩んでいるエイジンを見るのは、ツライか?」

「正直、私では力になれないので、歯痒いだけです」

「エイジンも、悩んでいるイリアを見るのはツラいんじゃないのか?」


 俺の言葉に、何も言葉を返さなかった。


「それだけ心配するほど、エイジンに惚れているんだな」


 イリアは顔を赤くして、


「悩んでいる人を心配するのは、人として当たり前の行動です!」


 恥ずかしさを隠すように大きめの声だ。


「それだけ元気なら、安心だな」


 いつも通りのイリアに戻ったようなので、部屋を出る。

 部屋を施錠し終わると、


「タクトさんは、昇級試験を受けるのですか?」

「あぁ、シキブに紹介状を書いてもらったから、ルンデンブルクでSまで受ける気でいる」


 イリアから、ランクA~Sまでの簡単な試験内容を教えて貰う。

 ランクAは、ランクBと同じだが難易度のみ異なる。

 ランクSは、指定魔物の単独討伐になる。


「まぁ、タクトさんであれば問題無く合格だと思いますが……」

「こればかりは、やってみないと分からないな」

「ランクを上げて、やりたい事でもあるんですか?」

「ん~、やりたい事というよりも、出来る事が増えれば従業員達が笑って過ごせる毎日に、少しでも近づけるだろう!」

「……簡単そうで、とても難しい事ですね!」

「そうなんだよな! 毎日、マリーやフランに叱られてばかりだからな!」


 イリアは、笑っていた。


「ところで、ランクの昇級試験日はいつなんですか?」

「えっ?」

「えっ? ランクB以下のように随時試験を行っていないのは、以前に説明しましたよね?」

「……」


 確かに、冒険者ランクの昇級説明の時に、イリアからそんな説明を受けていた気がする。

 完全に、忘れていた。


「あとで、王都と、魔法都市の試験日を確認しておきますよ」

「……悪いな」


 イリアは、ユイに飲み物の用意があると言うので、ひとりでギルマスの部屋に戻る。

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