209話 亜種(ロード)降臨!
やっとの思いで両手が入る大きさになったので、更に傷口を広げようとすると、周囲の空気が変わった。
いや、スレイプニルの魔力が一気に膨れ上がった。
危険を感じて、一旦距離を取る。
先程まで、倒れていた身体は二回りほど大きくなり、身体の色が茶色から黒褐色に変わっていった。
先程までの、戦闘によるダメージが無かったかのように起き上がる。
俺を見つめる眼は、先程の黒色とは異なる紅眼に変わっている。
……もしかして、スレイプニルロード降臨なのか!
胸元の傷も、塞がっている。
咆哮すると、風圧と共に、酷い匂いが漂う。
仕切り直しだと言わんばかりに、もう一度俺を見ると一瞬で身体の向きを変えて後ろ脚で俺を蹴り飛ばした。
腕でガードはしたが、ダメージを軽減させる為に後ろに飛ぶ。
ここぞとばかりに、スレイプニルは八本の脚で俺へ連続攻撃を仕掛けてきた。
明らかに、俺が倒したゴブリンロードなんかより強い。
個体値が、元々高い魔獣の場合はロードの魔力を吸収しただけで、ここまで強くなるとは……
もし、俺が戦ったゴブリンロードが魔力の定着が長かったら確実に殺されていただろう。
しかし、戦闘中にこんなことを考えているなんて、俺もまだ余裕があるな。
なにか倒すための方策が、ある筈だ。
脚の攻撃のみに注意していると、尻尾が鞭のように飛んできた。
視覚の外からだった為、避ける事も出来ず、俺の身体に直撃して飛ばされた。
威力が先程とは段違いだ。
当たり前だが、自分の血が赤かった事を再確認した。
【分身】を三体作り、三方向よりそれぞれ威嚇攻撃をする。
俺は、攻撃の届かない背に乗る為【転移】で移動する。
若干のズレはあったが、背に乗る事には成功した。
尻尾の攻撃が届かない首元まで移動して、思いっきり拳を撃ち込む。
拳で出来た穴に腕を突っ込んで、振り落とされないように、たてがみを掴みながら穴を広げる。
俺を振り落とそうと、首を上下左右に動かす。
【神眼】で魔力の流れを確認しながら、徐々にスレイプニルの体内に少しづつ身体を入れていく。
筋肉の伸縮で、身動きが取れなくなる可能性もあるので、慎重に入り込む。
途中で動脈を切断すると、勢いよく血が流れだした。
濁流の様な血に流されないように、体勢を変える。
スレイプニルの身体に溜まった血に浸かり、自分に【雷撃】を撃ち込む。
血液を伝って電気が伝わったのか、スレイプニルの身体が一瞬痙攣する。
スレイプニルにしてみれば、微電流か……
対格差でいえば、俺は虫のような存在だから、外からの攻撃も決定打にはならない。
だからこそ、寄生虫のように体内を蝕む様な攻撃をするしかない。
【分身】を一旦解除してから、再度【分身】を発動させて、四人で穴を掘る様に、傷口を広げて進んでいく。
筋肉や血管、神経等を手当たり次第に、切断していく。
三メートル程奥に入ると、背骨が見えてきたので切断しようとするが、硬すぎて容易には出来ない。
仕方ないので、骨と骨の間にある椎間板を狙う事にする。
背骨の中には神経も通っているので、全員で椎間板を攻撃する。
椎間板を破壊すると、奥に神経が見えた。
【雷弓】で攻撃すると、今まで以上の身体が痙攣した。
その場でひとりに攻撃をさせて、俺はふたりを連れて、次の椎間板を破壊する為に移動する。
その間も、スレイプニルはどうにかして俺達を外に出したいのか、痛みの為か分からないが動き回って吠えている。
次の椎間板も破壊をして、俺は先程の場所に戻り二ヶ所で神経を攻撃する。
【雷刃】で電気を流しつつ神経を切断していく。
どれ位時間が経過したか分からないが、スレイプニルの身体が大きく傾いた。
後脚の神経切断に成功したようだ。
ひとりを外に出して、確認に行かせる。
脚や尻尾に攻撃をするが、全く動かない。
前世で『椎間板ヘルニア』を患った際の知識が役に立った。
念のため【神眼】で魔力の流れを確認するが、下半身には魔力が流れていない。
外の分身を呼び戻して、もうひとりと血管切断担当にして、失血死を狙う。
他の分身とは、このまま体内を進んでいき、肺に穴を空けたり確実にダメージを積み重ねる。
新しい発見も出来た。
分身に攻撃をすると、攻撃者である俺に跳ね返ってくるが、それを更に跳ね返すことで、本来の魔法攻撃力より四〇倍のダメージを与えることが出来る。
制御が難しい為、狙い通りの場所に当てられなかったり、分身にもう一度当てて更なる威力の増加を試す事は出来なかったが、魔法攻撃としては格段に威力が上がった。
同様に近くで【雷撃】を発動しても威力は上がった。
スレイプニルは倒れたまま動く気配は無いものの、苦しそうだが呼吸をしているのは分かる。
ひとりを外に出して、核のある、先程傷付けた場所へ再度攻撃を仕掛ける。
前脚で必死で防ごうとするが、既に動かす力が残っていないようだ。
暫くすると身体全体が大きな痙攣をして、完全に動かなくなった。
外に出て【解体】をすると、それぞれの部位に解体出来た事で、死んだ事が確認出来た。
フローレンスからの依頼である『スレイプニルの討伐』完了だ。
スレイプニルの核は大きく掌からはみ出ていた。
サイクロプスの方が身体は大きいが、核の大きさは身体で決まる訳では無いのか?
【全知全能】で今倒したスレイプニルが、亜種つまりロード候補だったかと確認する。
答えは、「正解!」だ。
精神的にも肉体的にも疲れた。
この感覚は、ゴブリンロード? と戦って以来だろう。
本来、冒険者は毎回この感覚で戦っているんだろうな。
冒険者と呼ばれている人々を、改めて尊敬した。
しかし、各魔族いや、魔獣全てにロードになる可能性があるのなら、そもそも強力な魔獣はゴブリンやオークなんかよりも、より強大な力を手に入れている事になる。
それなのに、今迄表に出てこないのは何故だ……
アル達に聞いてみるしかないな……
そういえば、オークロードはどうなったんだ?
このスレイプニルと同等の強さであれば、ランクBの冒険者が束になったところで敵う相手では無い。
特殊な武器や、戦略があれば別だが……
報告が無いという事は、討伐済かも知れない。
シキブから報告があるまでは、傍観するか。




