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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
8/18

それは恋。きっと恋。 2

そんなことを考えている間に、先に出発した燿馬とちずの後姿を見送って私は時間をずらして家を出た。


「恵鈴。お前のスカート長過ぎないか?」と、背後からパパが声をかけてきた。


「これが校則の規定通りの長さなの。ひざ下10センチよ」と心の中で返事をして、実際は無言でやり過ごした。


だって、そうしないと。私が普段腹の中でどんなにパパにダメ出ししているのか、バレそうだから…。


パパは確かにハンサムだし、40代後半には視えない。

むしろまだ30代ぐらいの外見をしているんだけど、言動が若すぎて時々見苦しいんだもん。

支離滅裂というか、直観主義というか、理屈なんて関係ないっていう生粋の芸術家タイプで危なっかしい。

それがワイルドだと勘違いしているママの友達が、パパのことをカッコいい旦那さんとチヤホヤするけど、平気でおならするし、平気で私のパンツやブラを洗って私より綺麗に干すし、サイズの見立てなんか頼んでないのに「お前、絶対これもう小さいだろ?新しいのをママと買っておいで。胸は大きいに越したことはないんだ」ってセクハラ発言もさらりと言う。

そういうことを燿馬の前で堂々と言われた日には、パパとはいえ本気で殴り倒したくなるんだよ。


殴ったことなんて一度もないけど。


私は田んぼの脇のあぜ道を歩きながら、黒縁メガネをしっかりと持ち上げて、登校風景を眺めた。


前方で燿馬に置いていかれたちずが呆然としていた。

慌てて駆け寄っていくと、私に気付いたちずが泣きそうな顔をして言った。


「恵鈴!

どうしよう!

私、ようまに軽い女だって思われたみたい!」


「どういうこと?」


ちずから一通りの話を聞いて、私はムカついた。


好きだという一言の重みがわからないヤツ相手に、軽はずみな会話の流れで「好き」と言ってもピンと来ないのは常識じゃない?


…ん?


そっちじゃない、危ない、危ない。


ちずのせっかくの気持ちを無碍に扱った燿馬の冷たさが…。



あ、なんかもう疲れた。

面倒くさい。電池切れた。


「ドンマイ」とだけ言い残して、私はとぼとぼとした足取りで学校に向かって歩き出した。ちずがしょんぼりしながらついて来て、ずっとウジウジと燿馬のことを言っているけど、耳に入った言葉が意味を成さないまま消えていった。


「どうしたの?なんか、今日の恵鈴、ご機嫌斜めだね?」

「考え疲れだと思う。糖分が欲しい」

「わかる~」


ちずは歩くのが遅い私の歩調に合わせてついてきた。すると、また前方に今度は燿馬が女子に絡まれているところに遭遇した。


私の頭ひとつ高いちずが私の背後に隠れて、その妙な賑わいをする集団を除けて学校に向かった。玄関につくと、「恵鈴!私、やっぱりちょっと行ってくる!」と言い残して、ちずが走って行ってしまった。


騒がしい。



玄関、廊下、階段、廊下、教室、机、座る。そして、読書。


ブックカバーをかけたその文庫は、以前ちずが貸してくれた恋愛小説とはまた違うタイプの恋愛小説だった。っていうか、ファンタジー+恋愛小説というジャンルになるのかな。


リアリティさのない物語の方が私にはなじみやすい。なまじリアルな同年代の恋愛事情なんて知りたくもない。



でも。



また、勝手に今朝の続きが流れ始める。

映像化されたロマンスポルノ的な二人の男女が、相手の服を一枚ずつはぎ取っていく度に羞恥心によってさらに身体が過剰な反応をしていく…


両手で耳を覆い、机におでこを押し付けて、私は耐えた。



もうやだ。


もうやだ。


もうやだ。


エッチな想像なんてしたくもないのに、どうして勝手に想像してしまうんだろう?



一糸まとわぬ姿になった二人が、シーツの海で互いの指を絡ませながらキスを…



授業が始まっても私の頭の中の見知らぬ男女のラブシーンが続いていた。


まだ誰も触れたはずのない茂みの中を探っていくと、彼の指先が彼女の核心を見つけ出した。心とは裏腹に大胆に乱れ悶える彼女の声が部屋中に響き渡り、彼が動くたびに大きな音を立てて軋むベッドの上で二人は重なり合って…



脳内ジャックされた私はもうひたすら耐えるしかなかった。

まるで誰かにハッキングされて頭の中で辱められているようで…



激しく叩きつけるように彼の太くて逞しい骨盤が彼女のおしりにぶつかって、パンっという乾いた音を立て…



激し過ぎる突き上げに何度も逃げようとしたけれど、その度に彼の大きな手が彼女の腰を掴まえて引き戻され…





…もう、終わってよ。はやく!!




まるで絶叫したような大声を上げた彼女の唇を塞いだのは、彼の〇〇…




拷問だ!!




ぐったりとして授業どころじゃない私は、耳栓を深く嵌め込んで世間の音をシャットアウトした。


激しく体力を奪われた彼女は許して下さいと懇願したものの、まだ終わりの見えない欲望に己を支配された彼は嫌がる彼女の身体に再び…


「俺無しじゃ生きていけない身体にしてやる」


頭の奥でそんな卑猥なセリフが響いた。


昼休み、軽くうたた寝していると隣のクラスのちずが来て、私の席の前に折りたたみいすを置いて座ってお弁当を食べ始めた。

私越しに燿馬を覗き見ながら。


「あれ?なんか疲れてる?」

「疲れてる…」

「どうしたの?」

「…うん」


あんたのせいだよ、って言ってやりたいが言える勇気がない。


「お弁当持って来た?」

「持ってるけど、食欲ない」

「え?…まさか!」


ちずが大袈裟に目を丸くして口元を手で隠した。


「恵鈴も恋煩い?」

「…ある意味、そういうことかも」

「え?うっそ。誰?私が知ってる人?」

「うん、とてもよく知ってると思う」

「マジで?山田君?辻本君?本郷君?」


元カレの名前なんだったかな?あれ?名前…名前…わからない。


三百ページぐらいの文庫の中で、一度も元カレ=彼の固有名詞があっただろうか?

私は思い出すのも面倒になって、つい「元カレだよ」と答えた。


ちずはまたさらに目を大きく見開いて驚いていた。

そんなに驚くようなことは言ってないはずだ。


「元カレって?恵鈴、やだ!もう!!そんな人がいたの?」


私のじゃないよ、と言おうとしたのに、ちずは間を置かず次から次に喋って来る。


「その元カレとはどこまで行ったの?

私も教えるから、恵鈴も教えてよ!」


女子らしいノリでそんな風に言われると、私はもっと疲労を感じてきて。

ちずと一緒にいると、どうしようもなく疲れを感じることは昔からあった。

そんなこと知ってどうするんだろう?というような、個人的なことも平然と聞いてくる。


「私はね、実は…もうやることは一通りやっちゃったんだ」


女子高生が教室で弁当食べながらするような話じゃないだろうに…。


なんでこんな意味のないカミングアウトを聞かなくちゃいけないんだろう?


「一通り?」

「そうだよ」

「へぇ…」

「で?恵鈴は?」


「それなら私もさっきから…」頭の中でずっと、あのディープな恋愛小説の官能シーンが映像化されてエンドレスで再生されてるよ。


言い終わらないうちに彼女の「ええぇぇぇ!!」という大声によってつぶされた。


ちずが顔を赤らめて両手で頬を隠す。


「なに勘違いしてるのよ?」

「このクラスにいる人なんだぁ?

私が知ってる人?」


こいつ!聞いてない…


「キスの先もしたの?」

「してないわ!」

「え?じゃ、キスは?」

「まだだわ!」

「これからなんだぁ?わぁ~、楽しみ~」


なんであんたが楽しみにしてんの?


「違うから、元カレって私のじゃないから」

「え?」


ちずが急にシリアスな顔になった。


「まさか、私の元カレ?」

「そうだよ!ちずがあんな激しい」

「うそでしょ?!私の元カレといつ知り合いになれたっていうの?」


…激しい本と言おうとしたのに、ちずの爆走は止まらない。


「違うんだってば!」

「私達、同じ男と初体験しちゃうってこと?」

「私が言ってるのは本の話であって」

「あいつはやめておいた方が良いよ!

結局、からだが目当てなだけなんだから!」

「だから、話を聞きなさい!」


バァーンと机を叩いて、私は怒鳴っていた。


「ちずはまずもっと相手の言おうとしてることに集中するべきよ?

もう、疲れたから一人にさせて」


私は立ち上がり、お弁当を持って食堂に移動した。

ちずを残して。



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