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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
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こんなものは恋じゃない 5

午後22時頃。


おにぎり三つとみそ汁をお盆に乗せたお袋がそっと俺に部屋のドアを開けた。


「ようちゃん、お腹空いたでしょ?」


ベッドの上で壁に背を預けて膝を抱えて呆然としていた俺は、頷くだけで良い。

お袋は机に食事を置いて、俺の前に腰かけて顔を覗き込んできた。


「大変だったね。もう、頭も気分も落ち着いたんじゃない?

ほら、温かいうちにご飯食べて、元気出そうよ。

パパには私からちゃんと言っておいたから、心配しなくても良いわ」


「ちゃんとって?」


「あの人、目の前の出来事にばっかり注目するから、誤解しやすいのよ。

騒がしいかもしれないけど、パパの反応は世間では普通なのよね。

恵鈴の様子、この後見てくるけど。

何か伝えたいことはない?

私から伝えた方が落ち着いて聞けるかもしれないから」


そうだよな。お袋経由なら、変な誤解もない気がする。


「その前に、あんなことになったのは恵鈴が変なことしてたせいだから。俺はあいつに部屋の中に引き込まれた被害者だから。断じて俺は変態じゃないから」


お袋はおかしそうに笑って、うんうんと頷いた。


「わかってるってば。

恵鈴が過敏になっていて、あなたが巻き込まれたことぐらい。

だけどね、自分がやり過ぎたことはちゃんと反省して。

今度同じことが起きたら、どうすれば良いか考えてみて。

どんなことがあっても、あなたはお兄ちゃんなんだから恵鈴を傷付けたらダメよ。

よろしくね」


お袋は俺のひざを軽くたたいてから立ち上がった。


「じゃ、もう行くわ。食べ終わったら、キッチンに下げておいてね」


行こうとするお袋を、俺は呼び止めた。

自分が何を言おうとしているのかわからないまま、勝手に口から飛び出した。


「恵鈴が謝らない限り俺は絶対に謝らないって言っておいて」


意地でも俺から折れるつもりはない。

俺の平和を、一番安心していた相手にぶち壊された屈辱は俺の心に重くのしかかった。


「…わかったわ。

じゃ、おやすみなさい。


明日の朝シャワー浴びるなら、起こしてあげるけど?」


「いいよ。自分で起きれるから」




ドアが閉まって俺だけの空間が戻ってきた。

お袋が相手でも、やっぱりなぜか疲れてしまう。


自分でもどうすればラクになるのか、わからない。



ベルトで恵鈴の手首を絞めた時、俺の中で何かが音を立てて壊れた気がした。


何が壊れたのかわからずに、俺は不安な気持ちでおにぎりを食べ始めた。



お袋が恵鈴の部屋に行っただろう時間から小一時間。

食器を下げるためにそっと廊下に出て、階段を降りていくと。

消灯しているキッチンの中で、親父がなぜか突っ立っていた。


「吃驚させんなや…」と、ため息をつく俺。


「俺の方が吃驚したわ。

お前、恵鈴の挑発にのってねじ伏せようとしたって本当か?」


「どうせ親父は信じないだろ?」


「自分の口で言えないのを俺のせいにするなよ。バカ野郎が。

さっき、恵鈴から聞いたんだよ。

あの子は、変に頭が良いせいでちょっと危なっかしい…。

お前、兄貴なんだから気を付けて見張れよ?」


「なんで俺が?」


「お前、散々恵鈴に世話焼かれてきたんだからさ、

恩返しのつもりで面倒見てやってくれよ、な?」


「……そんなの、言われるまでもねぇよ!」


俺は洗面所に向かってざっくりと歯を磨き、下着だけ変えて部屋に戻った。


親父にどつかれるのかと心配していたけど、お袋のおかげでそれは免れたようだ。



やっと。本当にホッとした。



親父にあんなところ見られて、誤解されたままだったら本当に最悪過ぎる。



……それにしても恵鈴はなんであんなこと?



衝撃的に観えた映像が脳裏に浮かんできた。


姿見の前で、はだけたワイシャツに短髪のヅラを被って。

ポーズを撮っていた。


あいつの画像データを見れば答えはわかる。


カメラの角度によっては、あれが俺だと誤解するバカがいても不思議じゃない。

男女の双子とはいえ、俺達は目と鼻と口が同じパーツで、俺の方が僅かに面長。

似ているんだ。


小学生の頃、実験として服を入れ替えて学校に行ったことがあった。

その時、誰も俺と恵鈴が入れ替わっているなんて気付かなかったんだ。

あれはマジで吃驚した。


すぐに気付くはずだと思ってた。

ちずでさえ、わからなかったって言ってた……。



そんな奴が本当に俺に恋をしているって言えるのか?

本当にそれは恋なのか?


俺達はただの幼馴染で、男女差のない兄弟みたいな感覚で過ごした。

ちずなんか勝気で、絶対に勝負事では負けたまま終われない性格だ。

あんな強情なヤツなんか、俺には無理だわ…。


俺にはまだ恋愛感情というものが何かさえわかってない。

そのせいもあるだろうが、ちずの俺への思い込みは一過性の勘違いだろう、って感じる。


前に親父が言っていたが、初めてお袋に出会った時運命を感じたって。

特別な存在だとすぐにわかったって……。


ちずには全然そんな感覚持ったこともない。

残念ながら、ちずの運命の相手は俺じゃない。



ベッドに潜り込んで、俺は両手を太ももの間に挟んで横向きに寝た。

これが一番落ち着く寝姿勢。



あっという間に眠りにつき…。


夢の中で俺はとんでもないことをやらかした。




目が覚めた時、あまりにも衝撃が強くて泣きそうになった。




手にはまだ生々しい感触が残っている。




パンツの中も見たことがないような悲惨なことに…。




自分にはないと思っていたけど、俺も男になったってことだ。

全然、不思議じゃない。


生理現象に動揺するなんて馬鹿だろ。


落ち着け…おちつけ……落ち着いてくれ……



痛いぐらい膨らんだイチモツを眺めて、俺は戸惑いが止まらなかった。



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