こんなものは恋じゃない 4
あの黒縁眼鏡かけるようになってから、話しかけても無視される。
昔は頼んでもないのに、俺の代弁係してくれてたくせに。
頼りにしてたのに、急にそっぽ向きやがった。
え。
じゃ、怒らせたの、……俺?
「ようちゃ~ん。恵鈴呼んできてくれる?
もうすぐ、ご飯だから」
お袋のまったりとした声が俺の思考を遮った。
このタイミングで、なぜ俺が恵鈴を呼びに行かねばならないんだ。
「親父は?」
「パパは、メールチェックとお風呂掃除で忙しいのよ」
いつの間にか、お袋はロールキャベツを完成させていた。
「料理、早くない?!」
「パパがお昼から仕込みしてくれてたおかげよ」と、お袋は天使のように微笑む。
こんな絵に描いたように可愛いお袋を射止めた親父は、俺に自慢しまくる気持ちが今ほんの少しだけ解った気がした。自分を生んだ母親にそんな目で視るなんてどうかって思っても、なぜか最近お袋の事を女として観察してしまう。
この水準の女子が学校に居たら良いけど、これが全然いないんだよな。
いるとすれば…。
こじらせ女子になっちまった恵鈴ぐらいなもので。
恵鈴なんて、普通にしていればきっとモテモテなはずだ。
なぜかうちの高校は男子生徒の割合が高い。中二ぐらいから恋愛問題日常茶飯事と化したサバンナでは、日夜男女が運命の恋とやらを探してカラオケやらグループ交際やらが活発化した。
俺達の年ごろでもファーストキスなんてもうとっくに終わってる連中が多い。
俺も恵鈴もお袋の家系に代々伝わる不思議な能力のせいで、多少なら誰と誰がキスしたかぐらいすぐにわかっちまう。
恵鈴の部屋の前に行くと、音楽が流れていた。
顔に似合わずトレンドを押さえた曲が好きらしい。結構なボリュームで聴いても、うちは外に音漏れしないっていうせいで、恵鈴はビッグボリュームでかけている。異常な聴覚のせいでヘッドフォンすると気が狂うぐらい辛いらしい。
ノックしたところで聞こえないだろうと思って、俺は遠慮なしにドアを開けた。
…見てはいけないものを見てしまった。
「ば!!」
猛ダッシュで襲い掛かってきた恵鈴に前髪掴まれて部屋に引き込まれた。
グイグイ引っ張られてベッドに投げられ、ひっくり返った俺の目の前に立った恵鈴が、殺気立った目をして俺を見下ろした。
まるでもう一人の俺がいるような錯覚。
なぜか、恵鈴は俺に扮して自撮り撮影をしていた。
しかもワイシャツの前がはだけて薄い胸が半分も露出して。
なに、コイツ……。
「殺す!」と、抑え目な声で叫んだ恵鈴がヅラを勢いよく外して俺の顔面に叩きつけた。
「いってぇ!!」
「声を出すな!」
と、恵鈴の小さな手で口を塞がれた。
半端なくドキドキしている俺の身体に馬乗りになった恵鈴が、全体重をかけて俺の首を絞めてきた。
苦しさのあまり、本気で恵鈴の首を鷲掴みして精いっぱいの握力で掴むと、恵鈴は痛そうに顔を歪ませて手の力を緩めた。
そのまま恵鈴の両手首を掴み、ひっくり返ってベッドに貼り付ける。
形勢逆転だ。
悔しそうに顔を背けた恵鈴の細首に、俺の手の後がついていて我に返った。
「あ、ごめん。やりすぎた」
「どけよ!」
唾を吐かれるようにそう言われて、俺はパッと手を離す。
そのまま、打たないでのポーズ(万歳のポーズ)をして俺は聞いた。
「で?結局、俺どうすればお前の気が済むわけ?」
恵鈴はやっと落ち着いたのか、クローゼットのドアに隠れて着替えを始めながら言った。
「お前が余計なことを言わなければ見逃してやる」
……もう、なんなの。この子。
どんなキャラなの? どうしちゃったの?
「す、すいませんが、何を言っているのか理解できません」
「調子に乗るなよ?面白がってるなら、そのケツに弾丸ぶち込むぞ、こら!!」
弾丸て…。
「女の子が何言ってんの?」
「女扱いするな!」
「いや、だって。お前は生まれた時からずっと女だろ?」
「うっさい!!だまれ!!その口、喋れなくしてやる!!」
グーパンチで殴られそうになった俺は、また恵鈴の手首を掴んで壁に誘導し、背後から押し付けた。背の低い恵鈴の耳の裏を見詰めながら、ため息を吐く。
「俺が本気出せば、お前なんかねじ伏せられるんだぜ。
いい加減にしないと、本気でお前つぶしてやろうか?
男の方が強いってことを身体でわからせてやっても良いが、
そんなことを俺にさせたいの?」
「!!」
恵鈴が声にならない声で何か呻いた。
部屋にはまだ音楽が流れていて、俺達のドタバタは親父たちには届いていない。
こんな取っ組み合いの喧嘩なんてしたことがないのに、どうしてこうなった?
「縛り上げてやる」
「やめて!!」
遅いよ。
俺もう、本気で怒った。
「やめて…」と、恵鈴が唸っても、俺は後ろ手に掴み上げた手をそのままきつく持ち続けて、机まで連れて行ってうつ伏せに押さえつけた。
縛れるものがないかと探して、片手で恵鈴を掴まえながら引き出しを開けても何もないから、俺は自分のズボンからベルトを外して抜き取った。皮のベルトで恵鈴の細い手首を縛ろうとしたけど、普通に結ぶのは無理だと判断して金具に通し輪にしたベルトで結束しようと頑張っていたら。
いつの間にか親父が俺達の真後ろに立っていて、俺は首根っこ掴まえられて床に投げ飛ばされた。
「お前!!妹相手になにやろうとしてたんだよ??!」
ものすごい剣幕で怒鳴られ、俺の頭の血は一気に引いていく。
机の上で背後に両手を縛られた恵鈴がぐったりとしていた。
サ―――と音が聞こえるほど見事に、俺は青ざめた。
ベルトを抜いたズボンがずり落ちて、俺は半ケツ状態。
……これは冗談抜きで誤解されるわ…。
「そのじゃじゃ馬を躾けようとしてただけだよ!」と、墓穴を掘りまくる俺。
「躾だと?
こんな酷いこと、よくできたもんだな!!
それに、………」
親父は言葉を濁した。
いや、気持ちはわかるよ。
俺だってゾッとしているんだ。
「とにかく、恵鈴にしばらく近付くな!絶対に二人きりになるな!」
そうだよな、そうくるよな。
あ~あ……俺、バカ。
恵鈴もバカだけど。
そんなことがあって、その日の夕飯は俺も恵鈴も食べずに部屋に引きこもった。
時々、親父の荒ぶった声が聞こえたり、お袋の笑い声が聞こえた気がする。
ほんと、中二病こじらせた恵鈴のせいで、
俺とんでもない誤解されちゃってるよ?
俺の名誉、どうしてくれんの?
……もう、やだァ。