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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
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こんなものは恋じゃない 3

考えてみれば陸上部の短距離走者に敵うほど足腰鍛えてない俺には、かなり無茶な挑戦だったが、諦めたらダメだと思って必死で走った。


駅まで全速力で8分程度。

ロータリーが視える場所に来ると、ホームを降りる階段を駆け下りていくちずが見えた。


無人駅の改札を通り抜けて階段を上がって、息を切らしながらちずのいるホームに辿り着くと酸欠でヘロヘロだ。


息を整えているだけで精一杯で、ホームの端っこにいるちずがソワソワと遠目で俺を見ていた。


手を差し伸べると、ちずは恐る恐るといった様子で近付いてくる。


ぜーぜーと呼吸が続き、汗が拭き出してきた。


「そんなに走ってるようま、初めて見た」


「お前が逃げ足早すぎるからだろうが?」


「ごめん…」


汽車の汽笛が聞こえてくる。間もなく、汽車がやってくる。


「こっちこそ…ごめん。

顔でかいって酷いよな、確かに。

悪かったよ。そんなに気にするほどでもないから、っていうか、顔でかいなんて本心じゃないから、忘れて欲しいんだけど」


ちずはくしゃっと笑顔を見せて「うん。わかった」と妙に元気よく答えた。


「俺、鈍いっていうか、知ってると思うけどあんまり人と関わるの好きじゃないっていうか」


「うん、知ってる」


「だけど、お前の事はそんなにイヤじゃないんだ。

他の連中はウザいしキモいと思っても、そういう気持ちはお前にはないから」


「うん、わかった。ありがとう」


ガタンゴトンと鉄道特有の車輪の音にブレーキ音が混じって迫って来る。

わざわざこんな田舎まで通学するちずの意志を改めて考えると、本当に奇特としか言いようがない。


「見送り、ありがとう」と、ぎこちなく笑ったちずが、汽車の中に飛び込んだ。


俺はやっと歩いてドアに近付いて、ちずの様子を確認しようと身を乗り出すと、振り向いたちずが目にいっぱい涙をためて俺を見つめていた。


「また、明日ね」


バイバイと手をふるちずが小さい女に視えた気がした。

その途端にドアが閉まって、車掌が安全確認の笛を鳴らすと汽車は動き出した。


ちずを乗せた汽車を見送りながら、俺は妙な気分になっていた。


なんだろう?これは…。


こんなシチュエーション、初めてで新鮮だったせいもあるかもしれないが、ちずの笑顔が脳裏に焼き付いて喉の奥がざわついていた。


家に帰ると、ちょうど親父とお袋が買い物袋を携えて玄関周りを往復していた。買い出しにでも行っていたようだ。俺に気付いたお袋が、ニコッと笑顔を向けて「おかえり!」と呑気な声で言うんだ。


10キロの米を持って家の中に入ると、恵鈴がソファーの上で三角座りをしてテレビを見ながら泣いていた。


「ただいま、恵鈴。どうしたの?」と、お袋が話しかけてるのに恵鈴のヤツは膝に顔を乗せてムスッとして無言。


「恵鈴!ほら、甘いものでも食え」と、親父がおはぎらしき物体が三つ入ったプラ容器をローテブルの上に乗せた。


「今、茶を淹れてやる」

「私、カフェオレがいいな」

「はいはい」

「ようちゃんは、何飲みたい?」


「…俺はコーヒー牛乳」


呑気な夫婦は相も変わらずラブラブな乗りで、2人仲良くキッチンに入り買ったものを整理しながらお茶を淹れていた。午後六時前なのに、今からおやつの時間っていうのもうちでは珍しいことじゃない。


俺は恵鈴の少し離れた絨毯の上に座って、転がっていたクッションを抱きかかえた。


嗚呼、落ち着く…。


「ちずは?」


恵鈴の渇いた声が降ってきて、俺は目もくれずに「見送ってきた」とだけ応えた。


小皿と箸を持ってきたお袋がおはぎをとりわけ、盆に飲み物を運んできた親父が揃うと、恵鈴はテーブルに脇に降りて来て、モグモグとおはぎを食べていた。


長いストレートヘアーにごっつい黒縁眼鏡。

ダボっとしたシャツにタイツみたいなズボンを履いて、お袋に似ているはずなのに年増のOLみたいな雰囲気が出来上がっている。年相応の格好とかすれば、もっとイケてるはずなのに、なぜこいつはこんなにも中二病を長引かせているんだろう?


俺の視線に気づいた恵鈴が威嚇するようにキツク睨んでくる。


俺が何かしたか?


ここで聞けば、せっかくのおやつタイムが台無しになりそうだし、親父がまた俺を制圧して終わるってわかりきっているせいもあって、沈黙コースを選択した。


「ねぇ、パパ。男の人って、女心わからないものなの?」


親父が目を丸くして、口の中のものをごっくんと飲み込んでから、慌ててブラックコーヒーを飲んだ。そして、


「ざっくりし過ぎな質問の気もするが……、確かに男と女の思考回路は違う気がするな。いきなりわかれって言っても厳しいぞ。物事に対する感覚がまず違うからな」


「そうよ。男女差もあるけど、個人差もあるから、同じものを視ても違う感覚で物事を捉えるし、興味ないことにはまったく関心がないから、どうしても温度差は出ちゃうものなのよ。パパとママはなんでも素直に伝えるようにしてるのよ。それにね、相手の伝えたいことが何かをちゃんと受け止めようとする姿勢がないと、うまくかみ合わないの。とっても大事なことよ」


お袋の説明はスゥっと俺の心に浸透してくる。


「じゃあ、セックスのときも会話は重要っていうこと?」


恵鈴の突然の爆弾発言に、俺達は飲み物を噴出した。

お袋でさえ咽ている。

親父なんか、涙目になって身を乗り出して恵鈴の顔を覗き込んだ。


「お前、彼氏でも出来たのか?」


恐る恐る聞いているのが、イヤというほど伝わってくる。

親父にしたら娘がどこぞの男に女にされるんだ。嫌なもんなんだろうけど、それは避けては通れないだろ。


恵鈴は顔を真っ赤にして、立ち上がり


「今の、忘れて!」と言って二階の自分の部屋に逃げた。


残された俺も、なんか気まずくて沈黙していると、親父が俺を見て「お前、なにか知ってるなら教えてくれよ」と抱き着かれた。


「知らねぇよ!っていうか、あいつにそんな相手がいるなんて、学校でも殆ど一人で読書してるぜ?女子同士でもそんなにつるまないのに、男子と話してるところなんて見たこともないけどな…」


思い当たることといえば、ちずだ。

クラスは違うけど、入学式に再会して以来、ちずは恵鈴の部屋で小一時間喋っているようだ。俺なんかよりも恵鈴の異変について詳しいのは、間違いなくちずだ。


「ちずに聞けよ!」

「そうだね」と、お袋は空いた皿を重ねて立ち上がり、キッチンに行った。それを追いかけるように親父がいくと、相変わらずお袋の背後に立ってちょっかい出している。


10歳も年上のくせにお袋にベタベタしたがる親父を見ていると、俺は複雑な気分になってくる。

あそこまで異性に対してのめり込むとか、全然ピンとこない。

女なんて面倒くさい。

双子の片割れの思春期にでさえ、俺は疲れているんだ。


なんで、そんな面倒ごとを好んで引き受けなくちゃいけないんだよ?



ちずの涙目の笑顔を思い出す。

胸騒ぎのような気分になる。


面倒臭いこと、この上ないとはこのことだ。


再会した時も、でかくなったなとは思ったけど、それ以上の感情なんかなかった。

毎朝、恵鈴じゃなく俺を迎えに来るあいつのことは、イヤじゃないけど不思議で仕方なかったし。

あいつが隣にいると、他の女共が近付いて来ないから便利だなって思ったぐらいで。


でも、それはあまりにも俺都合な見解なんだろう。


ちずが泣いたのは、俺がそっけないせいだ。


きっと、そうだ。


そして、女同士で相談でもして、恵鈴が俺の鈍感さをなじっていたに違いない。


でも。



なんで、そこにセックスが入ってきたんだ?



女もエロ本見ながらマスかくんだろうか?



相手が生身の人間で、あんなグロイことをするなんて、俺には当分無縁の世界だ。

だって、俺は誰にも侵されたくない。


俺の平和な世界を壊されたくない。


俺は自分の部屋にエロ本なるものは所持していない。

いつだったか、親父が「おすすめ」と言ってすんげぇのをプレゼントしてくれたことがあったが、お袋の目の前で叩き返してやった。


そういやその時、恵鈴がかなり引いていたな。


あれ?

もしかして、あれであいつの様子がおかしくなったんじゃないか?


お袋が面白がってがんがんページ捲るのを、隣でガン見しながら絶句してた気が……。



じゃあ、親父のせいじゃん。



俺悪くないよな?



……悪くないはず。



だけど、恵鈴はなぜか俺のこと避けるようになった。



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