こんなものは恋じゃない 2
振り向くと、金髪デビューしたばかりの木下 登がズボンのポケットに手を突っ込んで粋がっていた。
俺はすかさず足払いを喰らわせてヤツをこけさせた。
ざまみろ。
「やりやがったな!」と怒って立ち上がろうとしたヤツに手を差し伸べてやると、パンっと派手な音を立てて払われてしまった。
「お前の施しなんか、いらねぇ!!」
大声張り上げながらカッコつけて立ち上がった登は、俺をキツく睨んでくる。
「絶対ににお前になんか負けねぇからな!!」
一方的にそう怒鳴り散らすと、登は去って行った。
野郎からも俺は勝手にライバルにされちまう。
何を張り合っているのかさえ知らされることなく、理不尽の極みだ。
落ちたカバンを拾ってほこりを払っていると、息を切らしたちずがやってきた。
「ようま!!」
「なんだよ?」
「私、頑張るから!!」
そう言うと、ちずは顔を真っ赤にして俺を抜き去り学校の奥へと消えた。
なにを頑張るって?
相変わらず、意味わかんねぇ。
俺は平和を愛する男だ。頼むから静かな日々を過ごさせてくれ。
心の中で祈りがら、廊下を歩いて教室に辿り着く。
一番前の廊下側で姿勢正しく読書をする恵鈴の前を通り過ごして、窓際一番後ろの席に落ち着くとやっと空を眺められた。ここは俺の特等席。小学校一年の時から決まっている俺の居場所。
四角く切り取った自分だけの空間をイメージして、俺は流れ行く雲や、鳴きながら空を横切る名前も知らない鳥のさえずりに癒された。
誰に話しかけられても、ここに座ってしまえば俺の勝ち。例え先生でも、俺の鉄壁は崩せない。
授業?
なにそれ、食えんの?
テスト?
こんな問題解いたって、しょうがなくない?
成績?
なぜか成績は良いんだな。
天才だろうか?
一応、テストは平均点プラス15点。
俺は理解力ならある。
ないのは、人の話に対する興味?
冷たいは褒め言葉だ。
カッコいいはなじられてるのと変わらん。
表面的な部分だけで俺を知ったつもりになられても、残念ながら俺から嫌われるだけ。
俺の気を引きたいなら、気を引こうとするな。
自然体でそばにいて、気を遣わずに素直で、目を見ても思考ジャックできない相手がいい。
目を見るとどうしても、俺の頭の中に気持ち悪い他人が入り込んで侵食しようとする。
俺を変えようとする思考なんか、いらない。
放課後、部活なんかはいらずに俺は帰宅してゲーム三昧。
さっさと帰らないと、また面倒な男女共に巻き込まれてしまうから、まるで盗人のごとく駆け足で帰宅した。
家まで押しかけられたら、一生口きいてやらないって断り文句を真に受けた奴は絶対に来ないが、ちずは別。
ちずは俺達双子の同級生以上に、お袋の友達という特別チケットを持っているから。
でも、お袋は保育園で保育士をしている傍ら、最近では放課後保育室でも活躍しているらしい。仕事で忙しい親代わりに一緒にクッキングをするとか言って、主に作っているのはいつもクッキーとかマドレーヌとか大福もちとか、そんなお菓子ばっかりだけど。なので、帰りはいつも六時頃。そこからの夕飯づくりは親父と2人で楽しそうに作るんだ。
ちずは陸上部が休みになると必ず家にきて夕飯を食べてから隣街まで帰る。
恵鈴とテスト勉強をしたり、女子同士でコソコソおしゃべりしている。
それにしても、なぜだろう?
恵鈴は部屋着に着替えると、お袋に似ている。
兄妹の俺から見てもレベルは高い容姿をしているっていうのに、学校行く時はわざわざ黒縁眼鏡をかけて三つ編みダサ子に変装するんだ。何が理由があってそうしているとしか思えない。
入学初日は普通に長い髪をサラサラなびかせていたのに。
何となくだけど、あいつは自意識過剰のピークにいる気がする。じいちゃんが「可愛い」と言っただけで鳥肌が立ったとブチブチ言っていたし。
「変な虫がつかなくて良い」と、親父は自分勝手な発言をしてお袋にデコピンされている。
うつ伏せごろ寝でテレビゲームに勤しむ俺の隣に、いつの間にかちずが座っていた。
セーラー服のスカートが短い気がするのは、こいつが無駄に背が高いせいだろう。さすが陸上部員だけあって、引き締まったふくらはぎが日に焼けていて逞しい。俺より色黒なちずがもっと色黒になってて、それでいてショートヘアなんだから女らしさは50点もない。
ヘッドホンを取り上げられて、俺はちずを見上げた。
何か真剣なまなざしを突き刺してくる。
イヤな汗が出てきた。
「ちょっと話さない?」
「何を?」
「他愛ない話だよ。前みたいに…」
ちずが言う前みたいっていうのは、おそらく小学生時代のことを言うのだろう。
離婚して再婚して二度目の離婚をしたちずの両親の都合につき、彼女は迷わず母親を選んだのは、ちずの親父が妻娘に平気で手をあげるからだと聞いている。
中一で転校してってからの高一での再会だった。思春期を色濃く残した恵鈴は置いといて、ちずは顔つきも身体つきも大分大人びてきていると思う。
他人の家庭の事情なんて俺にはどうでもいいことだ。
だけど、今の俺達に共通の話題なんてものがあるだろうか?
「ブランク在り過ぎて、何話せば良いのかわからないんだけどさ」
絨毯の上でペタンと座り込んだちずはなぜか靴下を履いていなかった。女の中じゃサイズがデカイ足が、広がるスカートの裾からはみ出して、足の裏が目に飛び込んできた。
細く長い指の爪は、薄いピンク色に塗られていた。
ただそれだけのことなのに、俺はソワソワしている。
「そんなに難しく考えないで…。せっかく、またこうして会えてるのに」
男みたいな女だったけど、変声期を終えた俺の声とは全然違って、ちずの声は女らしい声だった。しかも、まったりとした喋り方。
こんなトーンで喋るような女だったっけ?
「俺はついでで、お袋か恵鈴に用があって来てるって思ってたけど」
「それは否定しないけど、ようまにも会いたくて来てるんだよ、私は」
拗ねたように口を尖らせて、若干頬を赤くしたちずは大女のくせにいじらしい。
俺は身体を起こして、ちずの方に身体を向けてあぐらをかいた。座ってもちずの方が背が高い気がしてならない。
「お前、何センチある?」
「…173センチ」
「マジかよ…」
俺は171センチだ。4センチで良いから背が伸びて欲しいのに、なぜか171センチ止まり。親父を超えるのが夢だったのに。
「ようまは何センチ?」
「言いたくないわぁ…」
「そんなに身長って気になる要素?」
「そりゃあ、低いより高いほうが良いに決まってるさ」
「ようまは顔が小さいせいで、等身が高く視えるから大丈夫だよ」
「お前は顔がでかいもんな」
そう言い終わらないうちに、突然襲い来る気配に頭を殴られた。
スパン!とかなり派手な音と共に、激痛に襲われて一瞬目の前がチカチカした。
「いますぐ 撤回しなさい!!」
烈火のごとく怒った恵鈴が、俺の胸倉をつかんだ。
凶暴化した恵鈴は怪力で、俺の首を洋服で締め上げてくる。
「ぐ……ぐぐぐぐぐ…」
「ちず!こいつの言動なんて、気にすることないから!
こいつはバカなの!他人の気持ちを配慮できない人間のクズなの!!」
「…えりん」
恵鈴に押し倒され、馬乗りにされて尚まだ首を抑え込まれて俺はしゃべれず。
一瞬、気絶してたんじゃないかと思ったが、気を取り直して恵鈴を押し返した。
「ってぇぇぇな!!なにすんだよ!
いきなり背後から襲うって、人として終わってるのはお前だろうが!!」
「女の子に顔がでかいって言えちゃうあんたをぶっ殺す!!」
「やめて!」
立ち上がってまた俺に襲い掛かろうとした恵鈴を、ちずが止めてくれた。
さすがに妹相手に暴力まではしないけど、ここまで大暴れする恵鈴なんか知らねぇ…。
なんなんだよ?
「いいから!…本当の事だもん。
私の顔、ようまと並んだら大きいのは事実だから…」と、語尾が霞んで涙声に変わった。
「あ…」と、俺はやっと罪悪感を感じてちずを見上げた。一瞬だけ目が合ったと思ったのに、ちずはカバンを掴んでバタバタと飛び出しすように出て行った。
「おいかけて!!」
恵鈴に命令されるまでもなく、俺は立ち上がって急いでちずを追いかけた。