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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
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第1章 こんなものは恋じゃない

甘ったるい声で名前を呼ぶのは勘弁してくれ


俺には俺のやり方があるんだから





*



朝六時前に起きてからの俺の日課は、

洗面所を占拠してシャンプーするところから始まる。


どっちに似たのか知らないが、

12歳頃から髪の毛が勝手にパーマかけたみたいにクルクルし出した。


ただでさえ女みたいな顔してるって言われているだけでもうムカつくのに、

髪型もキマまらないなんてみっともねぇ。


お袋が困っている俺のために、髪の毛を言うこと効かすシャンプーとやらをネット通販かなんかで取り寄せてくれたのを使って、毎朝濡らした髪をドライヤーしながらセットすると良い感じに様になるから。

超超面倒くっせぇが、恥をかくのはもっとイヤな俺はクソ真面目に髪のセットをする。


六時半になると恵鈴えりんが起きてくる。

洗面所の奪い合いになる前に終わらせなければ、

もっと面倒くさいことが起き始めるんだ。


「ようま、どけ!」


背後から突然、声がかかって振り向くと

ブスッとふくれっ面をした恵鈴が仁王立ちしていた。


「どけとはなんだ? 女がそんな口を利いて良いと思ってんの?」


呆れて言い返すと、もっとふくれっ面になった恵鈴にふくらはぎを蹴られた。

そのまま床に膝を落として肘が壁に辺り、ドライヤーが側頭部に直撃する。


「ってぇな!! ぁにすんだぁぁぁ?!!」


ついに大声で怒鳴ってしまった。

すると、二階からずんずんと派手な足音を立てた鬼が駆けつけてくる。


「こぉぉらぁぁぁ!!ようまぁぁぁ!!朝っぱらから何騒いでるんだぁぁ!!」


なぜか親父は恵鈴を全面的に贔屓ひいきする。

兄妹喧嘩では常に俺が悪者扱いだ。


俺と親父が胸倉掴んで睨み合っている間に、

恵鈴が俺のドライヤーを奪って長いストレートヘアーの寝癖を整え出すんだ。

これがいつもの朝の儀式になってる。


「理不尽だ!!」

「なにがだ!!」

「女にばっか優しくしてられっかよ!誰が俺に優しくしてくれるってんだよ!」

「ママがいるだろ?」


「呼んだ?」


睨み合う俺達の間に手を差し込んできて、やっと仲裁に入ってくれるお袋はまるで天使のようなフワフワしたテンションで、俺と親父を引き離した。


「ようちゃん、今日も髪型キマッてるね!」と、満面の笑みで褒められ。


「おう!」と俺が返事をすると、親父がニヤッと笑って言うんだ。


「お前はほんと、ママっ子だなぁ」と。


ムカつくが、事実だ。

俺はお袋の笑顔に弱い。


お袋はもう30代後半とは思えないぐらい若くて可愛い外見をしている。

一緒に歩けば俺達は親子じゃなくてカップルに間違われるぐらいだ。


「晴馬、寝癖ついてるよ」と、お袋に髪を撫でられた親父は鼻の下を伸ばして妻の頬にキスをするんだ。


うちの両親は異常に仲が良い。見ているこっちが恥ずかしい程にイチャイチャしている。

家の中だろうと外だろうとお構いなしで、まるで現役の恋人同士のようなラブラブ振りに吐き気がするほどだ。



「三人とも、邪魔」


黒縁眼鏡をかけた恵鈴が完璧な三つ編みおさげを完成させて立っていた。

洗面所の入り口で渋滞している俺達は、物言わず道を開ける。


お袋も親父も常にふてぶてしい恵鈴には何も言わない。

どういうつもりなのか知らないが、俺にはガンガン教育的指導を入れて来るくせに、優等生の皮を被った恵鈴には文句の付け所がないみたいに、何も言わない。


セーラー服にカッチカチなおさげをして黒縁眼鏡をかけた恵鈴はダサい。

褒めどころがあるとすれば、つやのいい黒髪ぐらいなもので、ちょっと猫背だし、ちょっとガニ股だし、ちょっと怖いのだ。

クラスの男子共は影で恵鈴の事を「祟り神」という変なあだ名をつけて恐れている。


「あいつ、口の利き方どうしちまったんだろう?」


俺のつぶやきに反応したのは親父だった。


「あの年ごろの女の子はな、

生理前になると理由もなくイラついたり泣いたりするんだよ」


「生理じゃなくてもイラついてるって」


「中二病だろ?」と、親父は顎を撫でつけながらため息交じりに言う。


それを横で聞いていたお袋は「みんな通る道なのよ」と、呑気な声で言った。



恵鈴はお袋には変わらない態度らしいが、親父にはそっけなくなったらしい。

傍目で視ていると、そんな気はしないんだけど、話しかけても返事をしなくなったと言われてみると、上の空というか心ここに在らずな瞬間をよく見かけていた。


オレ達双子は二人揃って地元の高校に進学した。

親父もお袋も隣街まで通ったらしいが、通学に一時間っていうのが意味わかんね。


勉強ばかりやるのが青春じゃねっつぅの。

余りある時間が俺にはたまらんほどの癒しになる。


朝からハムチーズのホットサンドをゆっくり味わって食えるのも、遅刻ギリギリまでトイレでまったり漫画読めるのも、通学徒歩5分の賜物だ。



ピンポーン



玄関の呼び鈴が鳴って、俺はトイレで我に返った。



「おはようございます!」


「おはよう~」



お袋が挨拶した相手はクラスメイトの佐藤ちず。

中1の時に離婚した母親についていって、隣街からわざわざ超田舎のこっちの高校に進学してきた奇特な女だ。



「あら?髪切ったのね。なんだか、大人っぽくなって素敵よ」

「ありがとう!夏鈴さんに褒めて貰ったら、自信つきます!」

「ちずちゃん、本当に綺麗になったわね」

「やだぁ。嬉し~」



玄関から女の会話がダイレクトに届いた。

ちずはなぜか勝手に毎朝迎えに来る。

駅からうちに来る間に学校はあるのに、わざわざ遠回りしてまで俺を迎えに来るのだ。


いわゆる、金魚の糞だ。


俺はお気に入りの漫画のエピソードを一読してからトイレを出た。

すぐそこにセーラー服を着てスラッと背の高くなったちずが立っていて驚いた。


俺よりも背が若干高いちずに見下ろされるのは面白くない。

玄関の上りかまちから降りてスニーカーを履いた途端、わずかに低くなるのが本当に嫌な瞬間だった。

そんな俺の気持ちなんかしらないちずは、お袋に感化されたようなニコニコ顔を張り付けて俺の支度が終わるのをじっと待っていた。


「なんで迎えに来んの?」


ちずがキョトンとした目を俺に向ける。


「ようまが大好きだからに決まってるじゃん」


屈託のない言い方に、尻がムズムズした。

そんな俺達のやり取りを遠くから面白そうに眺めてくる両親の視線に気付いて、俺はさっさとカバンを持って玄関のドアを開けた。


当然のようについてくるちずに目もくれず、スタスタと大股で歩いていても、陸上部で鍛えているちずはすぐに追いついてくる。


「待って、ようま!

もしかして、機嫌悪いの?」


「お前さ、大好きとか気安く言ってんじゃねぇよ!

あいつらの視線気にならないのか?

完全に面白がられてるぞ」


「え?そうなの?」


「恥じらいがない女なんか、可愛げなくって俺は嫌いだ」


「え…」


ちずは立ち止まったが、俺は全力で大股歩きを止めなかった。


形振り構わずに素直過ぎるっていうのもどうかと思うぞ。

俺達はもう小学生じゃないんだ。

自意識過剰な中坊でもない。


もう、高校生なんだよ!!


幼馴染のじゃれ合いみたいな馴れ合いなんてしてられっか。

毎日どっかで「大好き」と連呼されていると、その言葉の意味が薄れるどころか完全に透明化してしまって、俺の心はただささくれ立つだけだった。


プロムナードという名ばかりの大通りを渡り、踏切を超えればすぐに高校が建っている。

グラウンド脇の農道を歩いていると、10キロ離れたところからチャリで通学してくる連中がぽつりぽつりとやってきて合流する。


「東海林せんぱい!!」と、アニメ声で声を掛けてくるのは、同級生の石塚 真白ましろだ。


「その声で先輩とか言うな!!」と俺が反論すると、頬を赤らめながら捨てられた子犬みたいな眼を向けてくる。いわゆるぶりっ子という種族に俺はなぜか好かれる傾向がある。


「今日もイケメンだね♪」


そこで舌をペロッと出して、自分が可愛いと自覚しながらのスマイルは卑怯だぞ。

なんで俺の学年にはこういう癖の多い女が多いんだろうか?


もっと普通の爽やかで可憐な美少女が良いのに。


「おはよ!燿馬!!」と、また一人、俺より背の高い女が背後から腕を絡ませてきた。


冴島 葉子先輩は三年生だ。

化粧ばっちり、髪の色は栗色で毛先をクルクルと立て巻きしているし、香水の匂いも漂わせている。立体的なバストのせいで制服の裾から脇腹をちらつかせ、年ごろの野郎共はこの女の色気にどうしても目が吸い寄せられていた。


そんな学校一のギャルになぜか俺は目を付けられた。

彼氏にしてあげる、と上から目線で毎日絡まれるんだ。

モテモテで羨ましいと野郎共から言われてもな、こんな水商売みたいな女から好かれても全然嬉しくない。


「ちょっとぉ!先輩風吹かせて何勝手に東海林君に絡みついてるんですか?

その手を離してくださいよ!!」


アニメ声がダミ声になり、真白が冴島先輩を圧倒してくれている隙に俺は腕をすり抜けて猛ダッシュで玄関まで逃げた。


後ろから複数の声で名前を呼ばれるけど、そんなの相手にしてられない。


毎朝、こんな面倒くさい連中に捕まって半分ほどエネルギーを消耗する。

勝手に近付いてきて、ズカズカと俺の領域を土足で荒らす女共なんか大嫌いだ。


「朝から見せつけてくれるよな」


と、尻を蹴られて前のめりに転びそうになった。



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