83.草原の王女
草原の王女
(以下、『なっぴの昆虫王国』より)
それは、王女が『ルノクス』に生まれて、半年後のことだ。虫人の半年は人間界で言えばおよそ十歳になる。一年で成人し、それからはゆっくり歳をとる、兄弟星から祝いの使者が到着した。その中に二人の王子の輿もあった。輿は城から遠く離れた草原を進んでいた。
「おや、何だあの人だかりは?」
二つの輿の上から辺りの草原を眺めていた王子は、ほとんど同時に声を上げた。
「『ルノクス』の国民たちです。さあ、関わらずに城へ急ぎましょう」
担ぎ手が輿を見上げて答えたとき、ふっとその輿が軽くなった。
「王子、何をなされるつもりですか!姫にお祝いの言葉を……」
「構わん、『ビートラ』がいる、すぐ追い付くから放っておけ」
そう言い残すと、好奇心のかたまりの彼は、飛ぶように草原を走っていった。彼は、人波をかき分けてようやく前に進み人だかりの原因の少女を見た。それを見届けると『ビートラ』は笑いながら輿を進めた。
「本当にできるのか、復活の術は死と引き換えの禁呪と聞くが」
「俺だって初めて見る、だがオサムシの話しでは」
「静かにしろっ!始まるぞ」
見ると左足の半分を失った『ビロウドコガネ』がその無くした足に義足を当てていた。どうやらその少女は父から聞いたことのある『ルノクス』の不思議な禁呪を使うらしい。『ゴラゾム』は耳をすませたがそれはこの星の古い言葉だろう、おまけに少女の声は高くあまり聞きとれなかった。一通りの長い祝詞のあと、なんとか聞き取れたのは最後の部分だけだった。
「ル・リカルト・クッティース・レムリカーナ」
その呪文が終わると見る間にビロウドコガネの義足に肉が盛り、右足と同じ長さになった。だがその指は反対に付いていた。
「おお、『リカーナ』様。ありがとうございます、これでだいぶ楽になりますわい」
「ごめんね、左足を呼び戻すには私の力が足りないの。これは複製の術、不自由だけど我慢してね……」
そのとき後ろから石つぶてがひとつ『ゴラゾム』の頬をかすめた。鈍い音がして少女の額が割れた。しかし彼女はその血を拭おうともせずに、投石した男を見つめていた。
「こいつ、この間のカメムシだぞ!」
両腕をつかまれたその男の顔を見た一人が言った。それを聞くと男はわめいた。
「このペテン師が、親父はお前の魔法で命を無くしてしまった。腕など治してくれなくて良かったのに、裏山の作業が終わった晩にとうとう死んじまった。確かに親父の腕は石化の病だった。でもな、まだひと月は生きれたんだぞ、それなのに……」
あとは涙で声が聞き取れない。少女はそれを聞くと静かに進み出た。
(危ない!)
『ゴラゾム』が無言で肩をつかみ少女を止めた。その手をそっと外すと彼女はすでに傷口も消えた顔で彼に話しかけた。
「ごめんね、左足を呼び戻すには私の力が足りないの。これは複製の術、不自由だけど我慢してね……」
そのとき後ろから石つぶてがひとつ『ゴラゾム』の頬をかすめた。鈍い音がして少女の額が割れた。しかし彼女はその血を拭おうともせずに、投石した男を見つめていた。
「こいつ、この間のカメムシだぞ!」
両腕をつかまれたその男の顔を見た一人が言った。それを聞くと男はわめいた。
「このペテン師が、親父はお前の魔法で命を無くしてしまった。腕など治してくれなくて良かったのに、裏山の作業が終わった晩にとうとう死んじまった。確かに親父の腕は石化の病だった。でもな、まだひと月は生きれたんだぞ、それなのに……」
あとは涙で声が聞き取れない。少女はそれを聞くと静かに進み出た。
(危ない!)
『ゴラゾム』が無言で肩をつかみ少女を止めた。その手をそっと外すと彼女はすでに傷口も消えた顔で彼に話しかけた。
「ありがとう、心配はいらないわ」
(この少女はわしの心がわかるのか?)
「ごめんなさいね、あなたのお父様の頼みをどうしても断れなくて」
ひとりの虫人が叫んだ。
「『リカーナ』様は何度も断った、お前の親父はお前のために何か残してやりたいと、生きているうちに裏山を治山しようとしたんだ。叶わぬなら、上がらぬ腕を切り落とそうとさえしたんだっ!俺は見ていた。『リカーナ』様はわしらのために国中を歩いておられる、ベッドなんて無い、休まれるのはいつもこの草原なんだ」
そのカメムシはしばらくして自分に言い聞かせるように言った。
「わかっている、親父は笑っていた。これでどんな大雨でも家は流されない、孫子の代まで安心だとな。はははっ、この星では子供なんてもう何年も生まれていないのになァ……。俺はそれでも親父に生きていて欲しかったんだ、そんな細い希望のために死なないで欲しかったんだ」
「細い希望でもある限り、私たちは生き続けましょう。笑われようとも、惨めでも希望の光がある限り『ルノクス』は滅びるとも、私たちは滅びません。そのために私は城よりこの草原を選んだのです」
「『リカーナ』様に、私はなんてことを……」
正気を取り戻したカメムシの虫人に、少女はけろりとした顔で答えた。
「何かしたの?あなたがわたしに」
「『リカーナ』様万歳!」
堰を切ったように草原いっぱいに『リカーナ』と『ルノクス』をたたえる声が谺した。それを背中で聞きながら『ゴラゾム』は輿に戻った。
「船に戻るぞ」
「姫にはお会いにならないのですか?」
「草原で美しく、芯の強い天使に会った。『リカーナ』と言う名のな」
輿は向きを変えると王子たちを待つ「星間小型船」に向かった。
(以上、『なっぴの昆虫王国』より)
(以上、『なっぴの昆虫王国』より)
ジガがゴリアンクスを出立して長い時間が経っていた。そのためリカーナがゴラゾムの妃になったことも、その娘マンジュがさらなる力を持つ王女へと成長したことをアマネたちは知らなかった。
「希望はある、リカーナの力なら、虫人たちを蘇らせることができる、イブにも匹敵するのではないだろうか」
アマネが思うのはもう一つ、サリナのことだった。
「デュランめ、よくもサリナを手にかけたな。ベガを使って地球を侵略するなど、言語道断。虫人は侵略者ではない、我々はたとえ何世代かかっても虫人の移住先を探すべきなのだ。石化を解き生命を再生する『イブの力』をサクヤとレビエルはついに解明したのだ」
メルサーは静かにアマネに確認した。
「それでも地球に行かれますか」
「行かねばならない、だが……」
「ジガでは、行けませんな」
「その通りだ、まだ地球人は他星の文明に慣れてはいまい。ジガで行こうものならそれこそ奴ら同様『侵略者』になってしまう」
「ルナの王女に相談されてみれば」
「いや、ルツ殿に余計な心配はさせたくない。それに先日ゼロの『言語装置』が故障した際に不快な思いをさせたしな。もっとも、ゼロのAIに新しいシナプスが確認できたのなら、数日経てばゼロのAIに事前プログラミングすることは不要になる。その時にでも考えよう、二人ともそれまではこの件についての他言は控えろ」
「はっ、そういたします」
「しかし、オグマ殿が敵の手にかかるとは、デュランという男、決して侮ってはなりません」
「ああ、そうに違いない。レビエル、デュランについてゴリアンクスでの経歴を調べておいてくれ、頼んだぞ」
「承知致しました、アマネ艦長」
二人は艦長室を後にした。彼はゼロに新たなシナプスが形成されたことに、幾分気を良くしていた。
「彼女が言った通り、あれは『赤い翡翠』ではなかった。浄化された『ナツメの石』によってゼロは心を持つことができた。タイスケ、君たちから預かったものは約束通り、必ず私が地球に届けよう」
アマネは館長室のテーブルに置いてある箱に目をやった。それは半球状の、手のひらに収まるほどの大きさだった。
「あんな小型のロケットで外宇宙を航行していたなど、二人に会うまでは全く想像もできなかった」
彼はアマトに最初に出会った時のことを今でも鮮明に思い出せた。




