57.取引
取引
〈シードは『ルナティ86(エイトシックス)』を主成分とした外殻を持つ。その外殻は地球の自転86回ごとに厚みを増し、例えばアコヤガイの中の真珠のように次第に重くなっていく。やがて質量が増したシードは、次第に低地へと集まり、ついにシードは海に達する。そして海に到達したシードは、そのうちに海流の流れに乗り、太平洋の海底にある、アガルタの最深部に溜まる〉
「大絶滅の時が近づいた時には、シードは一箇所に集まり、やがてそれは一つに融合するのです」
地球に存在するシードの話しをルツは続ける。
「アガルタに眠る『ラグナ・ノア』は巨大なマスター・シードに他なりません。古いシードは次の高度な生命体の発現に備えるため、コピーされて月に送られ、今ではルナ国の底に眠っています。やがて人間を超える知的生命体が地球に現れるでしょう、もしかするとそれはカグヤ、あなたの様な姿かもしれません。そしてシードの外殻『ルナティ86』が結晶したものを『ルノチウム』と呼ぶのです」
「人間に似たムシビトたち、彼らは宇宙を漂流していた。遠い惑星、消失する運命の惑星から」
「ムシビト……」
カグヤにとり、虫人の存在は初耳だった。ルツは話を続ける。
「艦長はアマネ、その傍にいたインセクトロイドの名はゼロ」
「アマネ、そしてゼロ……」
「彼らは今、地球にいる。そしてその目的は彼らの星の再興」
「星の再興?」
「つまりは、人類の絶滅さ」
ジグはそう言い添えた。
「彼らにルノチウムを与えたのはこの私なのです」
「……」
たまらずジグが口を開いた。
「ルツは悪くない、ルツは私を再びこの月で動けるようにしてくれただけだ。悪いのはあいつらの方だ」
「何があったのジグ」
それはほとんどエンジンの止まりかけた星間ロケットが月の裏側に現れた時に遡る。地球からラビアンラビリンス(ラビ)によって、月へと送られたマンモスのジグは、石化が進みその身体が日ごとに硬化していた。「石化」してもジグは永遠に生き続けるはずだった。彼の持つ「シード」は十分に成長していた。しかし、ジグの石化が完了する前に「星間ロケット」がジグに接触、その身体を破損させた。ジグの欠損した身体を元に戻すには一度石化を止め「シード」の持つ力を使うしか方法が無かった。
「石化を止めるには、ジグを覆うルノチウムを消去しなければ不可能でした。彼らはルノチウムを分解し、その際生じるエネルギーを推進力としていた。彼らはそれを使えばジグの石化を止めることができる。そうすればジグはこの月でも再生可能な事を私に告げた」
「あれは、脅迫だ。あいつらはこの月で石化を終えたすべてのシードを質に取ったのだ、ルツに選択の自由などなかった」
「ジグは石化を終え、永遠に私の側にいるはずだった。でもその前に彼らがやってきた。彼らはルノチウムと引き換えにジグを助けようと言った」
「もし断れば、俺を粉々にしてシードを握りつぶすと脅迫した」
「いいのよジグ、あなたの中のシードが残ってさえいれば……」
「ルノチウムは時代の古いものほど、より高品質のエネルギーになる。女王の差し出すルノチウムで構わない、太古のものが少しあればこの星をすぐにでも出て行こう」
「仕方ありません、差し上げましょう」
ルツはそれを承知した。それを聞いたゼロは笑ってこう言った。
「はははっ、甘いなアマネ。本当にルノチウムだけで満足なのか?」
「ゼロ、何が言いたい」
「この月には、女王一人きり、しかもとびきりの美しい女王。艦長の妻にでもいかがかなとね」
顔色の変わったルツを見て、アマネは言った。
「ゼロ、無礼だぞ!女王が禁を侵してまで、あの石化したマンモスを救う。それが何故だか、お前にはまだ理解出来ないと見えるな」
そしてルツにアマネは姿勢を正して言った。
「ルナの女王、ルツ。部下の失言をどうかお許し下さい。私達は母星にたどり着くために必要な、ルノチウムを少しいただければ、それでいいのです」
アマネはそうルツに詫びた。
「ゼロはここに来る途中、赤い星から掘り出したのです。我がゴリアンクスの科学者がムシビトに似せて造り上げた、人工生命体『インセクトロイド』のプロトタイプです。ご無礼はゼロのAI(人工知能)が今なお学習中のため、どうかお許し下さい」
そう言うとアマネはゼロに神殿からの退出を促した。
「さあ、ゼロ、ルノチウムの補給後ただちに母星に向かう、今のうちに『ジガ』の整備をするぞ」
しかしゼロは面白くなかった、聞こえる様にアマネにこう悪態をついた。
「フン、あんな醜い女のどこがいいのか、俺には理解できない」
ベガに戻ったアマネの部屋には、顔の左半分を皮当てで覆う、ベガの女性艦長の写真が飾られていた。それを見つめてアマネはそっと話しかけた。
「サリナ、お前のそれはわれらに必要なものなんだ……」




