50.白フクロウのノウル
白フクロウのノウル
その光る二つの目玉の正体は、真っ白いフクロウだった。白フクロウは音を立てることなく羽ばたくと、二人の目前のガラステーブルに止まった。
「あなた、言葉が話せるの?」
驚くサラに白フクロウはもったいぶって答えた。
「当たり前だ、わしはカムイの守護鳥。この星のことはたいてい知っている。お前たち人間の言葉など、幼稚な発音の組み合わせに過ぎない」
趙は白フクロウに尋ねた。
「私は趙、彼女は娘のサラ。君の名はなんと言うのかな?」
「ノウル、白フクロウのカムイ・ヴ・ノウル」
サラが、早速ノウルに尋ねた。
「カムイと言うのは国の名前かしら、聞いたことのない名前ね」
ノウルが話し始めた、二人にはその話は各地に残る「創始伝説」を繋ぎ合せたものに聞こえた。
「この星がようやく冷え、固まり始めた頃、最初に重きものと軽きものに分かれた。重きものは、ますます重くなった。それをこの星の根本『根の国』という。軽きものは、いよいよ軽くそして厚く『蒸気』の層となりこの星を包む。その蒸気の中を自在に泳ぐものは聖三神の一人『アマオロス』より生じた男神たちだ。蒸気も重きものと軽く澄んだものとに分かれた。それがお前たち人間に必要な大気と水だ。水は雨となり根の国に降り注ぐ、その大雨は長く続き、根の国の多くは水没してしまうが、水没を免れた大陸があった。それがカムイ、アマオロスから生じた男神ミコトが治める国だった」
サラが黙って頷いた。ノウルは話しを続けた。
「聖三神と呼ばれた神はまだ男女の区別のない『偶性』の神だが、始まりの神たちと違い、初めて男女の神を生む。『アマテラス』は『イオナ』、『アマオロス』は『ヒメカ』そして『ツクヨミ』は『クシナ』という三女神をお生みになった。マオとクシナは海竜族を束ね、海底にアガルタという国を興した。根の国はオロチ、そしてイオナは天界を治めた。そしてミコトとヒメカが治めた国がカムイだ。お前たちがオロスと呼ぶこの地でずっとカムイを守護する役目をわしは任されている……」
「ノウル、それを誰に命じられたのか私達に教えてくれないか?」
趙がノウルに尋ねた。彼はしばらくしてこう答えた。
「その人の名はリカーナ……」
二人はノウルからヒメカの最期を聞いた。そしてミコトがオロチと戦った末、遂には石化したと話した、その石化を解くためにリカーナは、彼を異界へと送ったのだと告げた。(※「なっぴの昆虫王国 シャングリラ編」より)
「リカーナ殿は姉娘のマンジュ様〈後のマンジュリカーナ〉にミコト様を異界へすぐに追うように命じた。そして妹娘のアロマ様〈後のアロマリカーナ〉にはミコト様とヒメカ様の残した娘『オロシアーナ』にカムイを任せるように伝えた。その時だ、わしが守護役に選ばれたのは……」
「オロシアーナは今どちらにいらっしゃるのかしら?」
そうサラがノウルに聞いた途端、ノウルは口をつぐんだ。
「お前たちに話すことではない。それより今度はお前たちに尋ねる、アルケオプテリクスを以前どこで見たのだ。アルケオは人間の前に現れることなどないはずだ」
「残念だが、確かな記憶ではないんだ。なにかぼんやりとした記憶なんだ」
「嘘をついたのか、このわしに」
「父さんの言う通りなの、ノウル。私も同じ、どこかで会っているのは間違いないの、でもはっきりとしない。それにあのオコジョの匂いも以前嗅いだ気がする。もっと強い匂いだったけれど……」
「なんと、オコジョから匂いがしたというのか、『あれ』を嗅ぎ分けることができる人間などいるものか」
「あのオコジョから匂ったのか、むせかえるような匂いだったがそれも以前嗅いだことがある。娘も私も嘘などついていない」
「ふむ、その話に嘘はなさそうだ、これは興味深いことだな。少し確かめさせてもらおう」
ノウルが左右の翼を振ると部屋のドアがすべて開け放たれた。外気とともに白い影が滑り込んできた。サラが趙の後ろに隠れた。
「グルルルルッ」
「ホッキョクグマ」と「アムールトラ」が二人に牙をむいた。趙に武器はない、しかしサラを守らねばならない。彼は両拳を握り戦う意思を見せた。
「ガルルルッ」
地上最大の肉食獣、ホッキョクグマが右の前足を振り上げ、趙に鋭い爪を打ち込んだ。ひらりと身をかわし、彼はその顔面を拳で殴りつけた。ひるむことなくホッキョクグマは左の前足を振るい彼の脇を狙う。素早く避けたはずの趙の脇から、少し血しぶきがあがった。
「うっ」
よろけた趙の後ろのサラに向かってアムールトラは飛んだ。その跳躍は高く、彼女の真上からトラの牙と爪が襲いかかった。
「ギャン!」
彼女はそれをのけぞってかわし、そばにあった椅子をその頭に振り下ろした。
「サラ、いいぞ」
趙はサラの背後に回り背中合わせになると声をかけた。しかし二頭は少しずつ近づいてくる。二人の不利な状況は変わらなかった。




