4.事故
4. 事故
『カグヤ』から地球に送られたデータは『暗視ゴーグル』を通し一度解析されたものだった。そのままではなく衛星でそれに「彩色」されていた。大気のない月では煙も土ぼこりもない、クレパスの中ではさっきのアクシデントなどまるで何事もなかったような光景だった。クレパスの中の様子を『カグヤ』は8つの『アイ・カメラ』で撮影し解析データを人工衛星に送る。そのデータは既にアカデミアで予想されていた鉱物資源や気体、太古の隕石のかけらなどだ、中には想像を超える大きさの『隕石』がいくつもあった。さらにクレパスの中を進んで行く『カグヤ』は巨大な『隕石』をひとつ映し出した、それには数カ所に不自然な亀裂があった。
「何かが隕石を壊したように見える、ねえケイジ」
「うーん、確かに隕石の表面がまるで磨かれているように滑らかだしな」
「私には、溶けているように思えるわ、それにあの亀裂は新しいものよ」
「そう言えば何かでひっかかれてできできたものにも見えるが……」
「おそらく、たった今……」
「そんなことができる生き物がいるのか、あそこは月だぞ。まさか」
『カグヤ』はなおも奥へ進む、『ケイジ』は次の瞬間、その目を疑った。
「何かが動いたぞ!」
巨大な影が『カグヤ』の前に現れそして次の瞬間、地面に倒れた。大きく湾曲した牙、長い体毛をまとう四つ足の体躯……、『ケイジ』はつぶやいた。
「あれは、マンモスの姿に違いない。まさかそんなことが、ある訳がない……」
しかし、『コレッタ』は落ち着いてこう答えた。
「やはり、亜矢の言っていた通り。だとしたら彼は『ジグ』という名前に違いない」
「……ジグ、じゃあ君はあのマンモスの存在を知っていたのか?」
「あのマンモスのことは亜矢から聞いたことがあったわ、でもそれを信じていた訳じゃあない」
『カグヤ』はそのマンモスを見たとき、一瞬たじろいだ。しかしすぐに彼女の『AI』の言語回路が起動し始める。だが彼女の音声データを人工衛星は送ってこない。一度に送られるデータ容量がオーバーし、そのためそこで画面が中断した。以降のクレパス内の様子は『カグヤ』だけが経験することとなった。彼女はマンモスに思わず駆け寄った。
「あなた、ひどく壊れている……」
「お前、話せるのか……」
「オッケイ、平気」
「なんだか変なやつだな、おまえ人間じゃないな」
「まだ、言語回路が学習途中、だんだんオッケイです」
「まあ、あいつらとは違うようだ、しかしひどくやられた……」
「あいつら?」
「ああ、あの妙な奴らだ。地球の人間とはまた違っていた、お前俺とどこかで会ったか?」
「初めて、見つけた。私はカグヤと紹介するオッケイ」
「カグヤか、俺の名はジグ、地球からこの月にやってきた。ルツとともに」
「ルツ、あなたの仲間、それとも家族?」
「そうだな、そんなものとは違うな」
「コ・イ・ビ・ト?」
「バ、バカ言うな。おそれ多い……」
「怖い人?」
「お前、ちゃんとまだ話せないんだな。昔地球で出会った、あの娘のように」
「あの娘?」
「ああ、『橘 亜矢』という少女だった」
「亜矢、私のお母さん。地球にいる……」
「そうか、お前は亜矢に作られたのか、だから以前どこかで見たような気がしたんだ。こうしてはいられない、早くルツにこいつらのことを知らせなければ、大変なことになる」
「大変、大きな変化があることかしら……」
「ええい、長居は無用だ。ルツが心配だ、さあカグヤ俺の背中に乗れ!」
そっとジグが長い鼻をカグヤに巻き付け『ひょい』と自分の背に乗せた。既に彼のもぎ取られた前足は再生されていた。彼の後ろ足で鈍い音とともに、光りを失い『石化』した『侵入者』の頭部が踏みつぶされ砕け散った。
「……それが何なのか、ジグにはわかるの?」
「こいつらは『ルノチウム』を盗掘していた。お前が亜矢と関わりを持つと知れば、ルツはきっとお前に教えてくれるだろう、この『侵入者』たちのことを」
「……『ルノチウム』の盗掘、いわゆる何が侵入したことになるのかな」
「カグヤ、このクレパスは月の表面まで続いている。ルツに逢うまでお前に言葉遣いを教えてやろう、みっちりとなぁ。あはははっ」
「よろしくございます、ジグ」
「ぷぷぷっ、よろしくございます、カグヤ」
ゆっくりとクレパスを進む二人の影は、地球のコレッタとケイジには届いてはいなかった。