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約束の地  作者: 黒瀬新吉
37/328

37.仲間

仲間


「ここかな、ターニャの家は?」

「えーっと、摩訶(まか)。そうでしょう、きっと」

「よし、一つだけ教えといてやろう。いいか、ロシアの女性は家で男の試験をする。まずは出された食事を全部平らげるんだ。一切れも残すなよ、ははははっ。コオ、ターニャは美人だし、ロシアの大会で優勝したこともある柔道の選手だ。手強いぞ」

「長官、俺は別に……」

「すまん、すまん。つい昔を思い出した。ところで君がオロスに行く前に手伝って欲しい事がある。明日朝六時半に飛行機を用意した、私もすぐに戻るつもりだ。また日本で会おう。気をつけるんだぞ、コオ」


彼は、ターニャの家のことを長官に詳しくは話さなかった。しかし長官はこの店のことも、彼女のこともきっと知っていたに違いない。

「残さずに食べろか、まあ簡単なことさ。それに俺はターニャと会えて十分満足だ、それ以上でも以下でもない」

店の前に降ろされたコオは木のドアをノックした。しかし中から返事はない、もう一度ノックしてコオは勢いよく店に入った。暗い店内は静かだった、彼が声をあげた。


「なんだ、これは?」

店の中はメチャクチャ、足の踏み場もない。まるで強盗でも入ったようだ。その時、背後から聞き覚えのある声が不意に聞こえた。

「よお、兄ちゃん。早かったな」

ターニャを頼んだ男だ、包帯を巻いていた。

「これは一体どうしたことだ、ターニャは無事なのかい?」

「もちろん、かすり傷一つありゃしない。お蔭でこっちは病院帰りさ」

灰色のトラックが停車して、荷台から数人の男たちが降りてきた。

「まず、とっとと片付けよう。コオも手伝ってくれ、俺はイワノフ。店がこんなになった訳は、ターニャからゆっくり聞くといい」

コオは、彼女のことを頼んだ男の名をそこで初めて知った。


店内を数人が片付けるのにそれほど時間はかからなかった。片付けが終わった頃、買い出しに行ったターニャが母のアーニャと帰ってきた。

「いらっしゃい。コオ」

アーニャの方が先に入った、ターニャが続いて店に入った。

「ご苦労さんです、コオ」

「あら、ご苦労さんって変でしょう、ターニャ。いらっしゃいでしょう」

「おつとめご苦労さんでございます、って映画で言ってた。ケン・高倉が刑務所から出てきた時の子分の言葉よ。コオも同じようなもんだから、これでいいの」

「まったく、日本映画それも古いヤクザものが好きだってねえ、ターニャったら。本当にごめんなさいね、コオ」


「いえ、まあ似たようなもんですから。ターニャが無事なので安心しました。じゃあ僕はこれで……」

「まさか帰ろうってんじゃないよな、コオ」

「あっ、もうおじさんたら、ウオッカの瓶持ってる……」

「イワノフ、まったくあんたって男は懲りないねぇ。そんなんじゃジェーシカは戻ってこないよ」

「姉さん、今日は義兄(にい)さんの代わりに俺が試験してやるんだ。ターニャの叔父としてな、特別の日だ」


ロシア語は得意でないコオは、よくその意味がわからなかった。


「コオ、お前なかなかやるな。いい飲みっぷりだ、よしもう一本行こうか!」

「もうっ、一本づつ開けたでしょ。それに日本じゃお酒は二十歳からなのよ、おじさん知ってる?」

「えっ、そうなのか。コオって幾つだ?」

「俺は十八歳、春からオロスのアカデミアの二年、現在日本アカデミアの一年生、専門は……」

「空対力学、機械工学そしてボクシング……」

アーニャがそう言って緑色のサラダを丸いテーブルに置いた。大皿に盛られたサラダには緑色のマヨネーズがたっぷり「載せられて」いた。イワノフが笑った。

「そうだな、次があるしな。おっと、そうだ今晩は漁に行くんだった、おいみんなそろそろ行くぞ」


「あらあら、そんな体で大丈夫なの。海に落っこちるわよ、あの人みたいに」

「母さん、とっくに知っていたのか……」

片付けに来たのはイワノフの船の乗組員たちだ。酔っ払った船長を抱えて車に運び込むと、荷台に放り上げた。

「いてててっ、なんてことしやがる。仮にも俺は船長だぞっ!」

「コオ、また会おうな。俺たちはいつでもお前の味方だ、また春に会おうな」

「俺たちはこの目で見た。怪物に素手で立ち向かったお前の勇気をしっかりとな」

「ひと暴れの時は、また読んでくれよ。駆けつけるぜ」

「あばよ、あまり無茶するなよ、コオ」


陽気な港の男たちは口々にそう言ってくれた。やがてトラックが走り出した。

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