319.夢の中へ2
夢の中へ2
「やがて『マンジュ』は『フローレス』の前世が『オロシアーナ』ではないかと思い始めるのさ。まあ、それはしばらくあとのことだがね」
<マンジュは異父姉妹、妹『アロマ』の娘、『フローレス』が成長するのをまじかで見ながらも少し気にかかることがあった。それはカブトを見る時の目の輝きだった。それは『思慕のまなざし』だった。彼女のどこかに前世の記憶が残されていたのだろう。しかし『マンジュ』は『フローレス』がカブトの娘であり、人間界『アキツヤマト』に残してきた『オロシアーナ』の生まれ変わりだとは知らなかった。異界で『マンジュ』は実の娘二人とともに『フローレス』にも術式を伝えていた。彼女の術式は見事であり、二人の娘はむろん『マンジュ』や『アロマ』を超えることすらあった。そして次第に『フローレス』は『マンジュ』も知らない術を使い始めるのだった>
マンジュとアロマの母『リカーナ』は、ルノクス女王『リリナ・スカーレット・サクヤ』の娘であった、『リリナ』は原始生命体『ノア』から生命を生む『イブ』の役目を引き継いでいた。それは『再誕の術』のことである。地球に移り、ミコトをカブトとして異界に再誕させた後、封印した術である。その封印を解けるのはただ一人『マンジュ』だけだった。マンジュリカーナとなったマンジュの持つ『再誕術』は元の原始生命体に生命を戻すだけではなく、その前世も映し出せるものだった。ある日のことだ、『アロマ』がひどく思い詰めた顔で『マンジュ』のもとを訪ねた。
「どうしたのアロマ、浮かない顔をして」
「実はあの娘の事なのだけれど、このところ様子がおかしくて」
「えっ、フローレスはいつもと変わらず、娘たちと修行をしているわ」
「昼間はね、でもおかしいのは夜中。毎晩うなされているの、それで朝にはけろっとしているの。それに次第に髪が黒くなり始めている」
「あはははっ、私もあなたも成長するにつれ、髪の毛色は変わったでしょう。心配ないわ、それに怖い夢だってよく見たもの……」
「でもね、うわごとで『ミコト』って何度も叫ぶのよ」
「ミコトですって、なぜそんなことをうわごとで……」
彼が「レムリア」に転生したことは、姉妹しか知らないはずだった。
「とにかく、今晩フローレス様子を見に行きましょう」
「姉さん、フローレスのことよろしくね。私の大切な娘だもの」
「解ったわ、そっと訪ねるからね」
約束の時間、マンジュはアロマの家を訪ねた。彼女はフローレスにミコトの記憶があることがまだ信じられなかった。
<二人の母「リカーナ」は「ルノクス」最後の王女として生まれた。代々の「虫人の母」として「ノア」から生命を生み出す「イブ」であった「リリナ・スカーレット・サクヤ」の娘だ。兄弟星「ゴリアンクス」の王子「ゴラゾム」と「ビートラ」の妻である。「リカーナ」は大宇宙を移動中に「マナの力」を存分に浴び「マンジュ」を生んだ。そして「ゴラゾム」の亡き後、弟王子「ビートラ」の妻になり「アロマ」を生む。やがて人間界では大きな争いが起こる。闇に落ちた「ヒメカ」の化身と戦ったのは「カムイヤマト」の王、創神の一人「ミコト」だった。しかし、彼はとうとう力つき「石化」していった。彼を救うには異界に転生させるしか方法はない。そして「リカーナ」は決断する。しかし、「禁呪」である「イブの力」を使った代償に「リカーナ」は娘二人を残してこの世から消えた。「リカーナ」は死の間際に「イブの力」を「アロマ」に封印し、この世を去った。既に虫人たちは独り立ちをして久しい。イブの持つ「原初の力」は彼らには次第に不要となっていたのだ>
マンジュはもう一度アロマに「あのこと」を確認した。
「転生した『カブト』のことを誰も知るものはないはず、まして彼の前世のことなど。本人にすらその記憶はないのに……。あのときそれを見ていたのは『ミコト』に倒された『ヤマタノオロチ』だけよ。あの娘がそれを知っているはずはない……」
「マンジュ」の言葉に「アロマ」は二度頷いた。しばらくして娘の部屋から大きな物音がすると「アロマ」は姉にこう話した。
「そうに違いないけれど、『フローレス』が『ミコト』のことを知っているのは本当なの。ああ、今もあんなに苦しがっているのに……」
隣の部屋が激しい地響きとともに怒号と、嗚咽が響いていた。まさしくこれは正気の沙汰ではない。
「このところ毎晩あの調子なの、朝には部屋もちゃんと元に戻っていてあの娘は夜のことをまるで何もおぼえていない。あんなに苦しがっている『フローレス』を私では救うことができない、姉さんお願いなんとかあの娘を助けてやって」
「マンジュ」は椅子に座る間もなく「アロマ」に言った。
「とにかく隣の部屋に入ってみましょうか」




