312.とばっちり
とばっちり
シードに記録のない、異界のムシビト忍者にはさしもの「ドグラ」も太刀打ちできなかった。カレハに危機を救われた二人は、ようやく緊張を解いた。その時聞きなれない声がした。二人の目に槍を携えた「アガルタの魚人」が映った。
「セイレ様、ご無事で何よりです。お迎えにあがりました」
産後のセイレはまだ戦える体ではなかった。彼女の体を気遣い、アガルタからの迎えが大姫神社に訪れた。
「ありがとう『ブドゥー』迎えに来てくれて」
魚人にそう言い終えると、セイレはゆっくりと膝をついた。
「セイレ、ごめんね。あなたの力を私に使わせて」
「ううん、いいのよ。まだもうひと暴れするくらいはできるわ」
「無理しちゃって……」
実は「ドグラ」が言ったように、かつては『地球の鬼巫女』と呼ばれたこの二人には、すでに全盛期の力はない。「マンジュ小夏=なっぴ」が異界の昆虫王国を閉じ、「ムシビトの星=ルノクス」を再誕させるため、エスメラーダは「アクア・エメラルド」をオロシアーナは「白龍刀」の力を使い切ったのだ。彼女らは認めたくはないだろうが、今では「条家の巫女」の術式の方が、すでに優っていた。
「ミーシャ、新たな敵には、新たな巫女が必要なのかもしれないわね」「それが、マンジュリカーナの残した『オオヒメ』たち……」
しかし、認めるしかない。二人は印を解き、ムシビト忍者から少女に戻ったカレンを見てそう思った。
「そのようね、そうか。こういうことか、石柱の伝えたいことって」
セイレはそうひとりごちした。それを耳に止め『ブドゥー』が言った。
「何か気づかれたようですね、さあアガルタに戻りましょう。姫さまたちの成長はとても早いですから、エドゥル様やベルーガたちだけでは大変でしょう。それに地上だけではない、アガルタにも敵が現れました」
「アガルタにも……」
「それは我らの王が薙ぎ払いましたが、またやってくると言い残して」
「わかりました、戻りましょう」
「では、美沙様これで失礼いたします」
魚人ブドゥーは長い槍を縦横に振り、空間を割いた。一つの空間が目の前に開く。それはエスメラーダの持つ移動用の「チモニー」を使った空間だった。カイリュウ族の力について、マオは石柱に詳しく記していた。カイリュウの王族の移動用に「チモニー」を使うことができるのもその一つだったのだ。
「これを通って邪馬台国まで行ければいいんだけど、さすがに次元までは超えられないしね。でも、美沙なら黒人魚をきっと倒せるわ、何せあの『ラナ様』の孫ですものね」
そう告げたセイレをゆっくりと飲み込み、それは閉じた。
「まったくセイレは、楽天家なんだから……」
そう、美沙はこの後に何が起こるかを知っていた。
「さあ、カレン。マイトと一緒に『ささら』を守りなさい。ここからは私に与えられた『試練』だから。心配しないで、きっとオロシアーナに戻るから」
「わかりました。じゃあ行くよ、マイト」
「ようし、今度は俺の番だ」
「新しい鱗粉ができるまで、私はしばらく人間のままだしね」
二人が見えなくなると美沙は静かに目を閉じて、やがてくる『試練』に備え、心を落ち着けようとしていた。
「ノウルの言った『試練』とはどんなことだろう。もっと強い敵が現れるのかしら、それとも……」
彼女には不思議と恐怖はなかった、むしろ一刻も早くそれを乗り越えたかった。彼女にはその先に続く、すべきことがあったのだ。
「この白龍刀にまた光が戻るのかしら、消えてしまった『アクア・エメラルド』や『七宝玉』とは違い、確かに原形はとどめているけれど」
その『七宝玉』については、アガルタの人魚たちが深い関わりを持つ、とだけここでは述べておこう。そしてようやく『試練』の時が始まる。
「おや、若い娘じゃあないか。この神社の巫女ではないね、てっきり歴戦の怪物かと思っていたが……」
その声は頭上で聞こえたものの、闇に紛れたその姿は彼女には見えなかった。やがて声の主は軽やかに彼女の前に舞い降りた。
「あなたは?」
「ノウルの古い友人さ、この神社の森に住む『ムササビ』だ。名を『ゆずら』という。お前に力を貸してやってくれとノウルに頼まれてね」
「私は、美沙。今はオロスに住んでいるけれど、古くは『榊姓』を名乗り、この神社の巫女を務めたと聞いているわ」
「なるほど、そういえば『榊』という巫女がいた記憶があるな」
ひとつとんぼ返りをし、ムササビは古い記憶を思い出したようだ。
「そうかあの巫女だ、娘に俺の尻尾を千切られたことを思い出したぞ」
「……」
「ここで会ったのも何かの縁、俺の尻尾の敵討ちだ。あの娘のかわりにお前をとことん痛めつけてやろうな、覚悟はいいか」
「そ、そんな……」




