3.カグヤ
カグヤ
『かぐや』はその姿を一瞬「ぶるっ」と震わせると背面のパネルからオーロラを噴出した。それは上空の人工衛星から反射する太陽の光りを余すことなく受け止めた。
「これで準備完了。起動プログラムは正常よ」
「一体、『かぐや』は何のために月に行ったんだ。コレッタ、宇宙線の観測なんて嘘だろ」
「さあ、どうかしら。それよりこれから始まるショーを見てなさい」
「ショーだって?」
「フォーメーション、ツゥ。『かぐや』スタン・バイ」
昆虫型の『かぐや』が六本のアームを縮めて停止した。腹部の蛇腹の間隔が狭まり、背面のパネルが収縮していった。その結果まるで『クロワッサン』の様に半円に丸まっていく。そしてその体は次第に色を失い、くすんだカーキ色に変わっていった。
「まるで、あの姿はさなぎ……」
「ケイジ、なかなかいい勘しているわよ」
コレッタが人工衛星に向けて、さらにコマンドを打ち込んだ。人工衛星のAI(人工知能)はコレッタの声で『かぐや』にこう言った。
「メタモルフォーゼ・カグヤ!」
ロボットの背中が割れた、その中から静かに膝をついておき上がったのが完全な姿の『カグヤ』だ。その姿を見てケイジが声を上げた。
「あれが、カグヤの姿。そんな馬鹿な、あれはまるで人間じゃあないか?」
彼が驚いたのも無理はない、ロボットの体から出てきたのは一人の少女だったのである。コレッタは彼の驚くのを見て満足げに笑った。
「ハハハッ、人間じゃあないけどアンドロイドでもない。カグヤは『インセクトロイド』なのよ」
「インセクトロイド……」
「カグヤはあの宇宙線、そしてあのガスの正体を突き止めるために月へ向かわせたの。『ジーザス・コア』が月から運んでくるのは『ヘリウム3』だけじゃない、もっと恐ろしいものを運んでくるかも知れない。まあ、これは『亜矢』からの受け売りのままだけどね」
彼女はそう言うと電波望遠鏡用の映像モニターをシャットダウンした、それを見てケイジが尋ねた。
「まてよコレッタ、この先のカグヤの制御は誰がするんだ?」
「カグヤのAI(人工知能)は人間以上、一旦起動してしまったらもう私は必要ない。今後は自分で人工衛星にアクセスしてここに連絡をしてくるわ。それより地球の『ヘリウム3』の貯蔵は安全なんでしょうね」
「もちろん、と言いたいが……」
「……政府連絡、10分後、電力は30パーセントの供給になります。公的機関ではこれより自家発電を開始してください。西日本は太陽電池パネルを活用ください。東日本はあいにくの雨です、風力に切り替えましょう……」
あらかじめ録音されていた短い政府連絡が終わると、彼がまた話を続けた。
「まだ、ヘリウム3用の核融合炉は完成していない。『レアメタル』を多少使った程度では臨界時の『メルト・ダウン』は避けられないだろう。もっと別の金属が必要だそうだ」
コレッタはそれを聞くと少し不安げになった。
「イノウエ教授の研究していた『耐圧殻』の素材じゃあダメなのかな?」
「おっ、専門外でもよく知ってるな。それは以前に試した。でもさらに硬度が必要だ『ウルツァイト』さえ耐えれない。そんなものはこの地球には存在しているのだろうか?」
「うーん『ウルツァイト窒化ホウ素』でもダメ、思ったより厄介ね。せっかく地球に持ち込んだ『ヘリウム3』もすぐには使えないのか……」
「現在、新しい核融合炉の稼働に備えて各国の『ヘリウム3』は次第に集約されている、もちろん安全のため秘密裏にね。その場所についてはまだ数人しか知らない」
「それで政府の組織が動いているのか。だから『カグヤ』も月へ送り込むことができたという訳ね」
中央のモニターのインジケーターランプが青く光った。カグヤからの送信が衛星から届いた知らせだ。
「さあ、クレパスの中で何が起こっているか一緒に確かめましょう」




