18.抱擁の人魚
抱擁の人魚
マーラは、メーラとプテラが見えなくなるとドーラにこう告げた。
「見たところ、このウミトカゲたちはゼロに操られているのね」
「そうね、もしそうなら私の力が通じるかもしれない…。マーラ、ここは私に任せてちょうだい」
「わかった、あなたに任せるわ」
それを聞くとドーラはマーラに微笑み、突進してくるキョウリュウの前に一歩進み出た。
「やれっ、アーケロス」
プテラを海面に墜落させ一緒に人魚を片付けようとしたオンネは、今度は彼らに向けて手招きをしている小柄な人魚に標的を変えた。
「生意気なちび人魚めっ」
アーケロスの背中の棘がその標的に向けて一斉に放たれた。しかし、その棘をドーラはことごとく、面白いようにかいくぐった。
「なんてすばしっこい人魚だ」
第二弾、三弾のアーケロスの棘も同じだ、小柄な人魚はひょいひょいと苦もなくそれをかわす。さすがにアーケロスはその体の中で作り出す棘に限界が近づいてきた。
「こいつ、さっきより一回りも縮んでいるような気がするが……」
思い過ごしではない。ドーラはその体がさらに小さくなっていた、それこそドーラの力だった。
「七海の人魚がこうして生き残っているのは何故だと思う?」
「なにっ」
「それぞれ、特別な力を持っているの。私の場合はこうして体の大きさを『変化』できるのよね」
「フフンそれがどうした。逃げ回るだけで、この俺を倒せるものか」
「チッチッチッ、メーラは癒しの人魚。マーラは戦いの人魚、そして私の別名はあなたに最初に教えてあげたでしょう」
そう言うと、棘のないアーケロスの長い首にドーラは抱きついた。
「なるほど、しかしそうやってしがみついたところで、俺は痛くもかゆくもない。残念だがな、それにこうやって首を引っ込めてしまえばお前はずり落ちるしかないだろう」
アーケロスはその鎧のような胴体の中に、ドーラがやっとしがみついた長い首を一気に引っ込めた。
「残念だったな、あの人魚はアーケロスの首と甲羅の間ですり潰されてしまったようだぞ」
首を引っ込めたまま立ち止まっている、アーケロスを見るマーラにオンネはそう笑いながら言った。
「抱擁の人魚の力を見た後でも、あなたはそうして笑っていられるかしら?」
「何だと、おいアーケロスなぜ動かない」
「動かないんじゃあない、アーケロスは動けないのよ」
マーラはドーラが更に体を縮めて、アーケロスの首のシワの隙間に潜んでいることを知っていた、まだドーラの抱擁は続いているのだ。
そして、ゼロがウミトカゲたちを操っているものは『何か』をアーケロスの首を通じて探していた。そして、アーケロスが動いた。
「どうやら、探し出したみたいね」
胴体の中に四肢を引っ込め、アーケロスはお椀を伏せたような体になり、再び動かなくなった。その首の引っ込んだ穴の奥からマーラたちの方へ向かって駆けてくるのが一足ごとに大きくなっていくドーラの姿だった。
「マーラ、ゼロが植え付けたものをやっと見つけたわ。鼻の穴からアーケロスの体の中に潜り込んできた。これがウミトカゲたちを操っているものの正体。これってもしかしたら……」
「気をつけて、そいつは生き物。あっ、でももう死んでるか」
それを見たオンネは、この人魚たちが侮りがたいことにようやく気付いた。アロサウルスは巨大な顎をいっぱいに開き、鋭い歯をむき出しにした。そしてゆっくりと頭を低く降ろし水平に保つと、七海の人魚の中で唯一武器を持つマーラを睨みつけた。
「俺がアロサウルスに変化できたのは、その遺伝子をもっとも多く受け継いでいるからだ。プテラやアーケロスには発現しなかった。あいつらの遺伝子では、その干からびたもの程度でせいぜいだったのさ」
首を左右に振るも、視線はマーラを見据えたままで一歩、また一歩とアロサウルスは槍を構えた人魚に近づく。
「聞こう、ゼロがお前に植え付けたものの名を」
ゼロがウミトカゲたちに植え付けたものの名は、エスメラーダ人魚の一人でもあった先代マーラから、彼女には伝承されていた。
「お館様がくださったモノの名だと、教えてやろう。この海底深く眠っていた『ラグナ』さ。お館様の『シード』を使って蘇らせたそうだ、じゃあ俺にも一つ教えてくれ。この洞窟にはあるのか?」
「何が?」
「とぼけるのはよせ、エスメラーダを目覚めさせる、アクア・エメラルドのことさ。お館様はどうしてもそれを手に入れるつもりだ、何のためかは知らないが」
「教えてあげるわ。ここに、ううん、この星にアクア・エメラルドなんてない。勘違いしているわ、あなたも、ゼロもね。アクア・エメラルドはすでに形のある宝石ではなくなってしまった。先の戦いで大宇宙に消え去ってしまったのよ」
「そうか、それならこっちのカードはもう必要ない」
「カード?」
「俺の中の人魚がアクア・エメラルドを手に入れるためのカードだったのさ」
「人魚、イーラの事ね」
「このおかしな人魚の名前はイーラというのか」
「おかしな人魚?」
「ああ、こいつは自分から俺に食われに来たのさ」
「何ですって!」




