16.癒しの人魚
癒しの人魚
「ガルルルッ」
一体のウミトカゲが変化したのは翼竜の姿だ。それはひと羽ばたきですばやく上空に舞い上がると急降下をして鋭いクチバシでメーラを狙った。
「メーラは闘う術など持たない、癒しの人魚……」
ドーラの言った通りだ。七海の人魚は『マーラ』以外に闘う術をもたない。彼女たちが敵に抗うとしたら、魚人の力を借りる必要があった。石化したブドゥーは人魚達のパートナーの一人だった、このアガルタにはもうほかに魚人はいない。けれどメーラは翼竜を睨みつけたまま一歩も退こうとはしなかった。
「さあ、かかってきなさい。私ひとりでかたづけてあげるわ」
鋭いクチバシが空を切った。メーラはぎりぎりでそれをかわした。
「身をかわす程度じゃあ、あいつは倒せやしないぜ。さあ、お前は俺のエサになってもらおうか」
そういって、びっしりと生えた背中のとげを振るわせ、亀型のキョウリュウが突進してきた。
「俺の名はアーケロス、いたぶって柔らかくしたお前の肉はきっと特別だろうな」
「私は七海の人魚『抱擁のドーラ』、だけどあなたはとっても痛そうだから、触るのだってごめんだわ」
その身をかわし、ドーラがアーケロスに目配せをしてからかった。
「我が身可愛さに海底に隠れた魚人を頼りにしても無駄と知れ、人魚ども」
アーケロスが体中のとげをドーラに向けて放った。そのとげはマーラが槍で全てなぎ払った。
「こしゃくなやつ、だが俺のとげはいくらでもある。穴だらけにしてやろう、二人まとめてな」
第二弾のとげが一斉に二人に向った。
「あ、危ないっ!」
それに一瞬気をとられたメーラの背後に翼竜が襲いかかった。
「そら、串刺しになるがいい」
次の瞬間、クチバシで貫かれるはずのメーラの姿は後方回転で飛び上がり、翼竜の背に飛び乗るとその細い首につかまった。
「うまい、メーラ」
マーラが槍の降り出す水竜巻でアーケロスのとげをはじき飛ばしながら叫んだ。
「おのれ、こいつめ。振り落としてくれる」
急上昇、きりもみ、急降下を繰り返す翼竜だが、吸盤で吸い付いているかのようにメーラは首から離れない。それを見て、とうとうオンネがアーケロスに命じた。
「ふん、間抜けめ。ちょうどよい、あいつごとあの人魚を串刺しにしてやれ。あの高さから落ちれば海面でも無事にはすむまい、おまえのとげを打ち込めアーケロス!」
「仲間を見捨てるのか、オンネ」
「仲間?いいや、あいつは翼竜、鳥に近いのさ。やれ、アーケロス」
今度は一転してアーケロスは天空の翼竜に向けて無数のとげを放った。
「アーケロス、どこを狙っている!」
翼竜はバランスを崩しながらその第一弾をかわした。しかし間髪を入れずに襲ってくるとげを見ると翼竜は全てを察した。
「オンネよ、やはりお前は変わってしまったんだな。まあいい今度は道連れがいるからなぁ」
皮膜をとげが突き破り、翼竜はついに浮力を失った。しがみついたままメーラは気を失っていた。
「気丈な美しい人魚よ、この高さから叩き付けられれば粉々になる、そのまま痛みも感じないでな……」
そのメーラに向って次のとげが向った。周到なオンネの指示だ。翼竜がそれを額で受け止めた、滴り落ちる体液にメーラの頰が濡れ、彼女は気がついた。
「あなた、けがしてる。私のために……」
「なあに、お前も死ぬんだ。せめて美しいまま死ねよ」
「まっ!」
「俺はプテラ、お前の名を最後に聞いておこう」
「私は癒しの人魚、メーラ」
「そうか、あの二人は『ゼロ』に操られているんだ。根っからの悪者じゃあない」
「しゃべってはダメ、気が漏れる」
メーラは癒しの気をプテラに込めた、彼の体の傷が癒え始めた。しかし海面がすぐ下に迫る、コンクリート以上の硬さを持つ海面に叩きつけられれば、彼の体はその海面衝撃に耐えることはできない。
「もうよせ、お前もあの人魚と一緒だ。確か『ルーラ』と言ったな……」
「ルーラ、あなたルーラに会ったの?」
「ああ、バゴスの海に潜っていった。あいつらにはこのことは話していない」
「ありがとう、プテラ。あなたも私もこんなところで死なないわよ、きっと」
「何故そういえる、例えそうだとしてもこの星はこれから……」
「そう、あなたにはこれからのことがわかるのね。でもね、あれをご覧なさい」
眼下の海面を癒しの人魚が指差した。




