13.七海の人魚
七海の人魚
「あの者たちは少しは見所があるかも知れない……」
魚人がそう低くつぶやいた。
「アガルタにもやがて人間が押し寄せてくる。その前に姫の思いを伝えなければ、うぅっ……」
そう言い終えると、魚人はその場に立ち尽くしたままの姿で石化を始めた。
「わしも、仲間のもとへ行こう。なあに、いつの日かこの海の中をまた自由に泳げる。そうでしょうエスメラーダ、我らカイリュウの女王様……」
魚人の瞳の色が灰色になった、足下からまるで崩れるようにその体が砂に変わっていく。彼の生きていた証は一本の古びた槍だけになった。人影が駆けてきた時には、もう全てが終わっていた。
「ブドゥー、あなたもとうとう石化してしまったのね」
岩陰から現れたのはその一部始終を見ていた二人の女戦士だった。
「彼らは何者なの?」
「日本からやってきた五人、あの飛行艇のパイロットの記憶をスキャンしたわ。その中にパリ・アカデミアから来た橘亜矢もいるわ」
「彼らはこのアガルタについては特に聞かされていないようね……」
「新大陸の調査らしい、人間がここに移住してくるために」
「愚かなことだわ、これから続く大異変を予見できないのは仕方ないかもしれないけれど」
「私たち『カイリュウ』は滅びはしない。姫がいらっしゃる限り必ず我らは……」
「姫はいったいどこへいらっしゃるのかしら?」
「おそらく、マオの洞窟にその答えがあるはずよ。私は姫が洞窟に入られるのを確かに見たの」
「でも、その日以来姫のお姿は誰一人見ていないわ。アガルタのみんなはバラバラになってしまった、今でもこのアガルタに残っているのは石化に恐怖する魚人たちと私たち『七海の人魚』の末裔だけ、『カイリュウ族』の生き残りは『エスメラーダ』の残した姫様お一人になってしまった……」
「……セイレ様の時と似ていない?」
「そうね、ドーラにそう言われてみれば。ところであの三人、今頃きっとびっくりしているでしょうね」
「メーラと私が二人に成りすましていたなんて想定外だろうし、洞窟内で私たちが急に消えたからね」
「ねえ、彼らを二つのグループに分けたのはどうしてなの」
「イーラの指示なの、よくは知らないけれど」
「全く、シャングリラ人魚と違って七海の人魚には秘密が多すぎるわ……」
「しっ、誰かがやってくる」
「何馬鹿なこと言うの、アガルタにやってくる人間がいるわけない。空からでも降ってくれば別だけどここは海の真ん中なのよ」
「じゃあ、あれは何なのかしら。メーラ」
数体の人影が岩場から歩いてくるのを二人の目は捉えた。その彼方には小型の船舶が停泊している。
「彼らは『招かれざる者』行くわよ、ドーラ!」
石化した魚人『ブドゥー』の槍を握り、二人の女戦士が岩陰に隠れた。彼らは口々に何やら唱えている、潮風に乗ってその文言が二人に聞こえた。
「女神はここにいらっしゃるとのお告げは本当だろうな、われら教団をだますと承知しないぞ!」
縛り上げられていた女が、少し切れた口元でこう言った。
「嘘じゃあないわ、でもあなたたちに会ってくださるとは思えない……」
「何だと、まだ言うか!」
「もう少し痛めつけてやれ、まったく口の減らない女だ」
「ぐっ……」
背中から蹴り飛ばされ、女が岩場に転がった。




