ある転生トラック運転手の末法めいたエッセイのようなもの
俺は転生トラック運転手だ。
今日は5人轢いた。
明日は6人轢く予定だ。
なぜ人を轢くのかって? それがノルマだからだ。
俺は転生トラック運転手だ。
異世界を管理する神々に派遣されて、地球の日本にやって来ている。
どうして地球に派遣されるのか? なぜ日本に派遣されるのか?
生憎と明確な回答は教えられていない。ただ、地球の日本を見て回っていると、疲れている人間が多いと感じる。
日本は自殺者が多い。過労死する人間が多い。自殺志願者が多い。死を望み、しかし死を選べない人間が多い。
俺たち転生トラック運転手は、そういう人間たち――人間世界では《それら》と呼ぶらしい――をトラックで轢き、魂を物理的に引き剥がし、異世界に持っていくのが役目だ。
そう。《それら》は物扱いされて死んでいく。会社組織は《それら》を人間扱いなどしない。
異世界に魂を持っていかれた《それら》を補充するために、この国は、外国から人間を呼び寄せる。外国から呼び寄せた人間たちは、企業に組み込まれ、次の《それら》になる。
運が良ければ、誘惑に耳を塞いで、《それら》にはならないだろう。誘惑に負けた人間は、《それら》になる。
人は脆弱な生き物だ。特に、この国の人間は、自殺の誘惑にとびっきり弱い。
誘惑に弱い人間の魂を異世界に持っていくのが、転生トラック運転手の仕事だ。
俺たちは転生トラック運転手だ。
人は俺たちを死神と呼ぶかもしれないし、天使と呼ぶかもしれない。人によっては、黙示録の四騎士とも呼ぶ。
トラックが馬代わりってか。末法ジョークもここまで来ると結構笑えてくるよな。
俺たちは転生トラック運転手だ。
人を轢くことに抵抗は無い。転生トラック運転手として教育されたので抵抗は無い。
俺たちは人でもなければ異世界の住民でもない。ただただ神々に使役されるだけの存在だ。
んー、そうだな。
俺たちも《それら》と同じだな。
日増しにノルマはヘビーになっていく。
明日は10人轢く予定だ。
この調子だと、明後日には11人に増えているだろう。
新しく生まれた神々、通称若手世代の神々は、転生トラック運転手が一日に轢く人間の数をもう少し減らすべきだと主張している。
老世代の神々はその提案をつっぱねた。
――それはこの国が解決するべき問題であって、異世界を管理する者たちの仕事ではない。
若手世代の神々はどうやらこの国の状況を憂えているらしい。
若いっていいな。理想に燃えてやがる。と呑気に思っていたが、どうやら若手世代には別の思惑があったみたいだ。
このまま自殺志願者が増えると、日本という国が消滅する。
憂慮すべき事態だ。異世界に渡る人間の魂が無くなったら、我々も存在できなくなる。
日本という国は、自殺志願者が多い国であるべきだ。
自殺志願者を常に一定数の割合で保つように調整するべきだ。
我々神々が吸い上げる魂の割合は安定して保つべきだ。
自殺志願者が減って貰っては困る。
そのために、この国に干渉し続けるべきだ――。
若いっていいな。
若手世代の神々は、この国を本気で管理する気でいやがる。
この国の惨状も、俺にはまるで他人事のように思える。
年々増加していく自殺者。
年々増加していく仕事量。
年々減少していく賃金。
年々減少していく自由な時間。
あの国は最早金を稼ぐ場所ではない。遊ぶ場所だ。
外国の一部の人間は、この国をそう断じている。
そうだな。この国は、まるで人間の魂を刈るための牧場だ。
今となっては、この国の労働者の大半は外国人となっている。
日本人はどこに行ったんだろうな。
この国が滅びるのが先か。神々が滅びるのが先か。
そんなことを思いながら、俺たちは今日も転生トラックを走らせる。