勇士の見送り
泣き虫だった少年の背に希望を見出だす。
最後の希望に祈りを込める。
その少年に付き添わぬことを、ただただ胸中詫びながら。
「――それじゃ行くよ」
差し出された手が何を求めているのか分かっているはずなのに、いや分かっているからこそ相馬真人は見入ったまま、どうしてもその手をとることができなかった。
しばらくして手を戻した相手の少年は不快感も見せず何事もなかったように踵を返す。
たくましくなった。
背負ったバックパックに隠れて鍛えられた背筋が見えるわけではないが、つい数か月前には年相応の弱々しかった後姿が今や頼もしくさえ感じられる。
佇まいを目にするだけで安心するというか。
実際、一歩踏み出した彼へ視線を向けるチームメンバーたちの顔には信頼の情が見て取れ、これから『外』へ出るというのに落ち着き払っている。
ごめん――。
思わず出そうになった言葉を真人は呑み込む。
40歳を超える自分の半生しか生きていない彼がこの数か月でどれほどの苦痛に耐え、抗い、成長してきたのかを考えれば、言葉だけの謝罪にどれほどの意味があるというのか。
本来、年長者である自分があの場所に立たなければならいというのに。
少年の前に立ちふさがる無機質な鋼鉄の扉――これまで不審や猜疑、時には憧憬の念を向けることもあったが、大半が恐怖に震えて見つめるだけで、その先へ向かう意志を持つことはついぞできなかった。
だからこそ残ったといえる。
彼らの足を引っ張りたくない。いや引っ張るのが怖い。そのせいで万が一誰かが、あるいはすべてが水泡に帰したら――。
少年がさらに歩を進めると、人が3人は並んで通れるほどの金属製の白扉が音もなく横にスライドし、先に通路が現れる。
何の意味があるのか、通路は警告灯の放つ不気味な朱色に包まれ、先へ進むのを躊躇わせる。
少年の歩みに不安は感じられなかった。
老人の無残な死に鼻水を垂らして泣きじゃくっていた面影はない。
5メートル奥の扉で立ち止まり、胸脇のホルスターから淀みなく取り出した銃を両手で把持する様子は、腕立て伏せを10回もできずにすぐ根を上げていた貧相さがもはや微塵も感じられない。むしろ何度も荒事を経験してきた“刑事”や“兵士”のような雰囲気さえ漂わせている。同様に――
首から短機関銃を吊り下げ後ろ左につく女子高生も、
その右手に並ぶ営業マンだったという男も、
最後尾を守る“長物”を抱える元整備士の姐さんも、
少し前まで現代日本で暮らしていたとは思えないほど、職業軍人のごとき無駄のない動きでポジション取りを行い、少年の指示に即応できるよう速やかに体制を整える。
彼、彼女らもまた、少年同様この数か月間死に物狂いで自身を磨いてきた成果だ。分け隔てなく施された苛烈なトレーニングは16歳の少女の頬にも容赦なく刃物傷を刻んでいる。
すべては『外』に出るために。
学校や仕事、両親や恋人など失ったものを取り戻すために。
ただただ、あの日常を――。
もはやだれ一人振り返ることなく全員にほどよい緊張感が漂っており、真人は彼らからただ前に進むという強い意志を感じ取る。こうした者たちこそが、立ち塞がる何かを常に切り拓いていくのかもしれない。
彼らなら今度こそ。
やはりあの場所に自分が立っていなくてよかったのだと真人が己の判断に自信を持ったのを見計らったように、少女が前に出て扉脇のコンソールを操作する。
奥の扉が開くと同時に最初の扉が逆に閉まり、真人の視界が遮られる。
たったそれだけ。
それで本当にお別れだ――彼らが無事に目的を果たすまでは。
ため息が漏れる。
これで何度目の見送りになるか覚えていないが、少なくともこれが最後になるのは間違いない。初めは息苦しささえ感じたこの空間には、もう自分を入れてあと一人しかいないのだから。
「今日は少しハードにやるか」
背後からかけられた声に無言で応じて真人はロッカールームに向かった。プロレスラーのような太い腕を持つ声の主――デニスなら中肉中背の真人の襟首を掴んで強引に呼び止めることができるはずだが何もされなかった。
お疲れ様です。仙洞 庵です❗
気分転換の掲載なので、不定期連載はにはご容赦を。




