ロボットと労働と適切な収入
ロボット技術が急速に高まり始めると、人間は労働市場から、始め徐々に、やがて急速に追い出されていった。
この過程で人間が執った行動タイプは大きく分けて3つ。まず、ロボットを所有する企業の株などを資産として持ち、それにより収入を確保しようというもの。次に、ロボット自体を個人で多数所有し、そのロボットに働かせる事で収入を得ようというもの。最後に、ロボットにはできない人間にだけ可能な仕事のスキルを身に付け、その労働によって収入を得ようとするもの。
第三の“人間にだけ可能な仕事のスキル”については特記が必要かもしれない。
その“人間だけのスキル”の中には、ロボットに関する技術が含まれてあった。ロボットだけにロボット改良や修理、或いは新たな活用方法の発見などを任せてしまうと、人間はもうロボットを管理できなくなる。すると、ロボットがどんな進化をする事になるのか分からなくなってしまう。
だから、ほぼ強制的に人間を“ロボット製造のループ”の中に組み入れる事が国際法によって決定されていたのだ。これにはもちろん失業者対策としての意味合いも含まれてあった。
しかし、国際的な経済競争の中で、コストを削減させる為に、これを守らない国が現れ始めた。形だけは人間が関わっている建前にしてあるが、実質的には人間は関わっていないのだ。すると、他の国も経済競争に勝つ為に人間をロボット製造に関わらせる事を止め始めた。これは人間社会がロボット管理を放棄している事を意味している。
しかもその中で、ロボット技術は更に向上していった。その過程で、その他の“人間だけのスキル”も徐々に危うくなっていく。必ずしも人間ではできないという訳ではなく、しかも、人間は苦情を言う、質にムラがある、気にかけなくてはいけない権利が山ほどある。そして、そういった点を嫌った企業は結果として、労働者としてロボットを選択するようになっていってしまったのだった。
当然ながら、そうなれば失業問題はより悪化する。それを放置すれば、生活困窮者が増えていく事になる。
しかし、それが危機的状況下に陥る前に、人間社会は彼らに解決策を提供したのだった。低所得者達に安価なロボットの支給を行ったのである。それを活用すれば、彼らは収入を得られるようになる。もっとも、それでも貧困層である事実は変わらなかったが。
そして、これにより人間社会は極一部の例外を除いて、『人間が働かない社会』となってしまったのだ。つまり、労働の対価として支払われる労働賃金により収入を得ていた時代が完全に終わりを告げた事になる。
この社会においては、金融資産を除いた場合、質の良いロボットを多く所有する事が収入を増やす道だ。だから、ロボット持ち達は競うように高級なロボットを買い求めた。一方、そんな事ができるはずもない貧困層は、生活の生命線であるロボットを自ら修理し改良も行っていた。
つまり、労働市場からは追い出されてしまったロボットの技術が、貧困層の間では生き残っていた事になる。
やがて、ロボット持ち達の多くが、ロボットの投資で失敗をし始めた。ロボットを買っても余ってしまい、収入が伸びなくなっていたのだ。
彼らはそれを不思議に思っていたが、それは経済社会全体を観れば一目瞭然だった。通貨は循環している。だから貧困層から通貨を吸い上げ過ぎてしまえば、もう彼らの収入は増えなくなってしまうのだ。もちろん、互いが互いを食い合えば、収入は増えるかもしれないが、彼らはその道を選ばなかった。否、選んだ事は選んだのだが、それは“ロボットに対する投資”ではなかったのだ。彼らは金融ビジネスに重点を置き始めたのである。
ここでもう一つのロボットについて語ろう。
と言っても、彼らは我々が想像するようなロボットではない。彼らは電子の世界に住んでいる。分かり易い言い方をするのなら、彼らは“人工知能”だ。チェス、将棋、囲碁。それらのゲームで人間を凌駕した人工知能は早い時期から存在していたが、実は金融ビジネスにおいてもかなり早い時期から人間よりも優れた人工知能が金融取引を行っていたのである。
情報収集能力も、情報解析能力も、取引速度も、人間を遥かに凌駕するそれら人工知能達と人間が勝負をすれば、当然ながら、人間は負ける。金融資産の取引額は、実物資産とは比べ物にならないくらいの規模があるから、それはとんでもない額になる。
そして、その事実を知らない人間達は、無謀にもそれら人工知能に挑んでしまったのだった……
金融ビジネスで大規模な損失を負ったロボット持ち達は、仕方なく実物資産を売って金を作った。その中には、ロボットも多く含まれてあった。そのロボット達を買えるのは、多くは金融ビジネスの勝者達だった。もう彼らしかそれだけの富を持ち得ないから、それは当然だ。つまり、彼らは多くの金融資産と、多くの実物資産、特にロボット達を手に入れた事になる。
しかし、そこでその富の集中は止まった。
もう富を持っているのは、人工知能を利用した金融取引で勝ち続けた者達だけだ。後は彼らで食い合いをするしかない。だが、彼らはその道を選ばなかったのだ。
――そんな事をして何になる?
そして、彼らは人間を遥かに凌駕する人工知能に、どうすればこの現状を打開できるかと問いかけたのだった。
或いは彼らは餓鬼道に堕ちたかのようなその生き様に嫌気がさしていたのかもしれない。ただし、それでも富を手放す気はなかったのかもしれないが。
人工知能はその主人達の命令を受けて動き始める。どうすれば、自分達で食い合わず、再び収入を得られるようになるのか……。
それから数日後だった。全ロボット達があらゆる活動を停止した。人間達は、ほぼ全ての労働をロボットに頼っている。つまり、それは生活ができなくなる事を意味していた。その事態に対応できたのは、ロボット技術をまだ保持している貧困層だけだった。
彼らはロボット停止の原因がネットにあると見抜くと、ネットと遮断をした上でオフラインでロボットを動かし始めた。オンラインの機能は使えないが、それでも充分に役割は果たせた。
当然、それに他の富める者達はすがる事になる。貧困層の技術者達に依頼をし、ロボットを動かせるようにしてもらう。そして生活がかかっているだけに、その労働賃金は異常な程の高騰を見せたのだった。
結果として、貧困層に通貨が行き渡る。そうすれば彼らは商品を買う。商品を買えば、通貨が循環する。通貨が循環すれば、資産を持つ者達にそれは入って来る。つまり、収入がまた増える。
それが人工知能が出した“現状打開”の方法なのだと富める者達が悟るのは、それからしばらく経った後の事だった。
そして、彼らは“それ”に何だか物凄く馬鹿馬鹿しくなってしまったのだった。




