第二十六話 今夜はいつもより大胆に
ミリィと共に長老の家の離れへと戻った俺は、自分に割り当てられた部屋に戻った。
かなり広い離れらしく、幼女たちもそれぞれ自分の部屋を用意してもらっていた。
流石にみんなもう寝てるだろう。
今日は久しぶりに身体を動かして疲れただろうしな。
「俺も寝るか……。」
布団に入った俺は、そのまま目を瞑り、意識を夢の中へと溶かした――。
***
――深夜。
寝返りを打った俺は、顔に触れたむにっとした感触に、半分ほど意識を覚醒させた。
(あれ……? この枕……こんなに柔らかかったっけ……?)
瞼を閉じたまま、俺は感触の元を手探る。
それを探し当てた指先が、緩やかな抵抗を伴って沈む。
まるでシフォンケーキに押し当てられたフォークのように――
優しいその触感は、永遠に触れていたいとさえ思える程だ。
半ば無意識に動いた俺の指が、その柔らかな塊の一点に触れた時――
「ぁんっ……♪」
艶っぽく発せられたその声に、俺は思わず目を開いた。
「え……えぇ!? ミリィ!?」
目覚めた俺の目の前には、俺の布団に潜り込んだミリィが居た。
そして……敢えて説明の必要も無いだろうが、俺の指はミリィの発育の良い胸元に当てられていた。
これは……謝るべき場面なのだろうか?
どう考えても布団に潜り込んだのはミリィ自身だ。
「えへへ~♪ レティちゃぁん♪」
胸を触られて嫌がる素振りも見せない……のはまぁ、いつものミリィと同じなのだが……、
「ミリィ……その格好は?」
布団の中のミリィは、今日配った"体操服"を着ていた。
下は勿論"ブルマー"だ。
「えへへ♪ レティちゃん……コッチの方が好きかな~って思って。」
そう蕩けたような表情で告げるミリィ。
いや好きだけど……!
好きだけども……!!
「あのね。わたし、レティちゃんのコト……もっといっぱい知りたいの……。」
「え、ちょ、ミリィ……!?」
布団の中――
必然的に密着した状態のミリィは、吐息がかかる程に顔を近付けて告げる。
ロロの時と同じ――まるで酒に酔ったように蕩けた表情をするミリィからは、しかし酒の匂いはしなかった。
「大好きなレティちゃんを、いっぱい触って、いっぱい撫でて、いっぱい抱きしめたいの……。」
「え、いや待っ……~~ッ!!」
まるで理性だけを薄めたように……
布団の中で、ミリィの手が積極的に俺にスキンシップを求める。
待ってくれ……!
全く理解が追い付かない……!!
追いつかない……!!
追い付かないけど、でも……!!
「ダメ……かな……?」
そう言って少し悲しげな顔をしたミリィを、突き放すことは出来なかった。
「……ミリィ。」
「なぁに?」
「その……"一方的"なのは……ダメだ。」
しばし俺の言葉の意味を考えたミリィは、ぱぁっと表情を明るくして、
「うん♪ じゃあレティちゃんも……触っていいよ?」
そう言って、俺の手を取り布団の中へと導く。
身体を覆う布団以上に、暖かくて柔らかな感触に包まれた俺は――
***
(あ~……同じパターンだ……。)
襖の間から差し込む光が、朝の訪れを告げる。
布団の中では……やはりミリィが、安らかな寝息を立てていた。
しかしロロの時といい、何故こうも美味し……いや、おかしなシチュエーションが立て続けに起こるのだろう?
旅先だとちょっと開放的な気持ちになるとか、そんな理由か?
考えつつも、俺は布団から起き上がる。
普段はそれほど朝の強くない俺だが、今日は珍しくすっきりと起きられた。
まだ眠っているミリィに布団をそっと掛け直すと、忍び足で部屋を出る。
どーしよっかな。
まだ皆寝てるっぽいし、散歩でもしてくるかな。
そんな風に考えつつ、離れの玄関へと進む。
「……え? あ~……そっか。」
玄関へと辿り着いた俺は、その光景にちょっとだけ驚き、すぐ納得した。
この街では日本と同じく、家に入る時には玄関で靴を脱ぐのが一般的らしい。
それ故、離れの玄関には人数分の靴が脱いだ状態で置かれているのだが……
「そうだよなぁ。昨日はいっぱい遊んでたもんな……。」
俺とエリノア以外の……つまり幼女たちの靴は、揃って土で汚れてしまっていた。
「よっ、と。」
俺は右手を握り、靴磨き用のブラシや乾いた布やクリームを取り出す。
どうせ暇だったし、掃除しといてやろう。
「~~♪」
鼻歌交じりに靴を磨く俺。
こういう場合、俺の"力"なら新品をもう一足出すことも簡単なのだが……それは極力避けている。
幼女たちに『物を大事にする』ことも教えてやらないといけないからな。
必要以上に物を出すのは良くない。
まぁそれに、幼女の靴を磨くなんてある意味レアな体験じゃん?
幼女たちの小さな足を包んでいる靴を磨くってのは、やってみると割と楽しい。
あ、変な意味じゃないぞ?
なんつーか……『父性をくすぐられる』的な?
「よっし! おっけー!」
磨き終わった靴を玄関にキレイに並べ、土は離れの外へと箒で掃き出す。
うむ。なんか達成感!
「ふぁあ~……。……もうちょい寝るか。」
ひと仕事終え、再度身体を包む眠気を感じた俺は、一旦部屋へと戻り布団に入り直した。
「むにゃむにゃ……れてぃちゃん……。」
まだ布団で眠っているミリィの頭を撫でつつ、俺は二度寝するべく瞼を閉じた。
……のだが、
――ドンドンドン!!
「レティーナさまぁっ!! たっ、大変ですっ!!!」
瞼を閉じてから半刻も経たないうちに、廊下からシュレムの声が響いた。
あれ? なんか前にもこんな事なかったっけ……?
「ちょっ!? ちょい待ってくれシュレム!!」
今もミリィは俺の隣で眠っているのだ。
慌てて布団から抜け出た俺は、襖を小さく開けてシュレムの応対をする。
「ど、どーしたんだ?」
「あのっ! 馬車がっ!」
え? また馬車??
もう発信機なんて付けられて無い筈だが……。
「そのっ! とにかく来てくださいっ!」
「お、おぅ……。」
焦るシュレムに手を引かれ、俺は部屋を出た。
***
「これなんです。」
「え……、あーあー……。」
馬車自体には傷一つ無い。
が、馬車右側の車輪が接地している場所の"地面"が……大きく陥没してしまっていた。
そのせいで、馬が馬車を引こうにも出来ない状況になっている。
「なんだこりゃ?」
敵陣営……ガリオンによる妨害だとしたら、少々回りくど過ぎる。
馬車には傷を付けず、地面だけが窪んでいるのだ。
だとすると……
「自然現象……なのか?」
「……わかりません。」
確かに馬車の重量はかなりのものだ。
それにこの辺りは湖も近く、地盤的に緩いのかも知れんが……。
「と、とにかくこのままじゃ、すぐには出発できませんっ! 出発の予定を遅らせて、街の人に手伝ってもらうしか……!」
焦るシュレムに、俺はしばし考えてから、告げた。
「ん~……いや。大丈夫だろ。」
「え……えぇっ!?」
あっさりと言う俺に、シュレムが驚きの声を上げる。
まぁこれくらいどうにでもなる。
例えばシャルの"力"……小範囲の大地の形状を変化させる力を使って貰えば、陥没した大地を元に戻せるだろう。
だが、まだ眠っている筈のシャルを起こして働かせるのは気が引ける。
だったらいっそ……
「よっ!」
俺は右手を握り、"油圧式ジャッキ"を取り出す。
車のタイヤ交換やチェーンの着脱に使われるアレだ。
それを車輪の際にかませる。
木製の車体に傷が付かないよう、ジャッキポイントに"鉄板"を添えてな。
「わ、わ、わわわっ!!」
ジャッキにより馬車の車体がグッ、グッと持ち上がるのを見て、シュレムが驚きの声を上げる。
まぁ無理もない。
この世界じゃ馬車が脱輪した場合は、大人数の大人で持ち上げるくらいしか手が無いのだろう。
車輪の底が僅かに地面より上まで持ち上がったのを確認し、そこに板を差し込めば……
「おっけ。シュレム、引いてみてくれ。」
「わ、わかりましたっ!」
馬に引かれた馬車は、ゆっくりとその車輪を回転させ……
差し込まれた板を越え、無事に地面へと降りることが出来た。
「そんな……こんな簡単に抜けられちゃうなんて……!」
シュレムは御者席を降り、車輪が完全に溝から抜け出ていることを確認して声を上げる。
「ん。大丈夫そうだな。んじゃ、朝飯にしよ?」
文字通り朝飯前だったな、などと考えつつ――
まだ信じられないといった表情のシュレムを伴って、俺は離れへと戻るのだった。




