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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 第三章 みずおととともに
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第二十五話 水音と水鏡と

 離れで長老が"成竜の儀"を行うことを宣言してから数時間後――

 昼間は楽しげに遊ぶ子供たちで溢れていたこの湖畔の広場は、今は"祭りの会場"へと変化していた。


 突貫で作られた小さな舞台を中心に、いくつもの屋台が建ち並び――

 頭上からはたくさんの提灯が、その優しい明かりを広場に降らせていた。


 あちこちに敷かれたござの上では、祭りの準備をしてくれた竜種の若者連中が、酒を片手にワイワイと盛り上がっている。


「フン。だから言ったのじゃ。あやつらは酒を飲む機会さえ与えてやれば、祭りの準備など喜んで買って出るわ。」


 俺と並んで歩く長老は、酒盛りを眺めながらそう呟く。


「それでも……ミリィはきっと、喜んでると思うぜ?」


 俺がそう返すと、長老はまたフン。と、表面上は(・・・・不機嫌そうに呟く。


 この爺さんだって分かってるハズだ。

 今まで村八分にされてたミリィにとって、自分の為に行われるこの祭りがどんなに嬉しい事かを――。


「お~お~! ねぇさん! いい飲みっぷりだねぇ!! さぁ、じゃんじゃん飲んで!!」


「もちろんですわ~!」


 視界の端で酒盛りにエリノア(うちのサキュバス)が混ざってるのが見えたが……まぁほっとこう。


***


「あ、おねーちゃーん!」


「れてぃねぇ!」


 長老と別れてしばし屋台を見て回った後、俺は舞台前に移動した。


 最前列のそのござの上には妹たちと、ミリィ以外の幼女たちも揃っている。


「おー。それ買ったのか?」


 屋台で売られていたものなのだろう。

 幼女たちは焼きそばやら串焼きやら、美味しそうなお祭りグルメをござの上に広げていた。


「いえ! 頂いたのであります!」


「頂いた?」


「うん……。今日遊んでた子たちの……お父さんやお母さんが……くれたの……。」


「ホントはよそ者の妾たちに渡すのはダメらしいのじゃが……『遊んでくれたお礼に、こっそり食べて』と持ってきてくれたのじゃ!」


 マジか……。

 やっぱりこの街の人たち……根はみんな良い人たちなんだな。


 その後、俺は舞台で行われる出し物を見ながら、幼女たちと談笑した。


 そしてその演目の最後――


 まず壇上に姿を現したのは、長老だった。


 長老は、先ほどと変わらぬ険しい表情で、その場に集まったこの街の住人たちの前に立つ。


 いくつかの挨拶を述べた後、長老はこの突発の宴の"本題"について話した。


「これから舞台に上がるのは、ミランダ=ウィンチェスターだ。」


 そうミリィを紹介した後、長老は目を閉じる。


「これまで儂は……ミランダの力を危険な物として遠ざけ、皆にも関りを持たぬよう指示をしてきた。」


 じゃが……、と長老は続ける。


「じゃが……それは誤りだったのやも知れぬ。少なくともミランダは、その力を以て多くの人々を笑顔にしてみせた。この一件は、我々竜種の、他種族との関り方についても、今一度見直さねばならぬことを示しておると、儂は思う。」


 そして――瞼を開いた長老は、変わらず険しい表情の中に、だが優しさを感じさせる声で告げた。


「ミランダとの関りを禁ずるという令は、この"竜の舞"を以て取り消す。皆の衆……どうかミランダを、温かく迎えてやってくれ。」


 長老が舞台を降りる。


 それと同時に、舞台には笛と太鼓の音が響く。


 舞台袖から現れたのは――ミリィだ。


 巫女装束を思わせるようなその衣装を身に纏ったミリィは、楽器の音色に合わせて舞台の上で踊る。


 "竜の舞"――。


 竜種が一人前と認められた時、加護を授かった竜神様や、街の人々への感謝を込めて舞うものらしい。


「うわぁ……! ミリィおねーちゃん、きれー……!!」


「すごいの……!!」


 妹たちが感嘆の声を上げる。


 かく言う俺も――その神秘的な姿に視線を奪われていた。


 まるで本物の神の遣いのような――そんな神々しさが、そこにはあった。


 やがて笛の音が止み、ミリィが演舞を終える。


 舞台を囲む人々は――喝采の拍手を送った。


 俺の目には見えた。

 舞台上のミリィが、その拍手を受けて、目尻に涙を浮かべている様が――。


***


「そんじゃ、エリノアの事頼むわ。」


「……わかった。」


「任せるのじゃ!」


「了解であります! ……ほら、帰るでありますよ、エリノア殿!」


「うぇっぷ……。ごめんなさいですわぁ……。」


 例の如く酔い潰れたエリノアを幼女たちに任せ、俺は一人会場に残った。


 幼女たちがこの街の人たちに色々貰ったらしいからな。

 祭りの後のゴミ拾いくらいやらないと申し訳無い。


「……よっし! こんなモンか!」


 "軍手"と"ビニール袋"を出して、一時間ほどゴミを拾って回った俺は、会場の隅にそれらを固めて置く。

 明日になりゃ街の人が片付けてくれるだろう。


 俺は祭りの会場だった広場を見回す。

 多くの人が帰った祭り会場は、先ほどまでの喧騒が嘘のように、不思議な静寂が降りていた。


 そこへ――


「レティちゃん……。」


 不意に背後から掛かった声に、俺は振り向く。


 そこには――先ほどの舞台衣装を纏ったミリィが居た。


「ミリィ。どうしたんだ?」


「えっとね。帰ろうとしたら、レティちゃんの姿が見えたから……」


 それでわざわざ来てくれたのか。


「そっか。お疲れさま。演舞、すげー綺麗だったよ。」


「うん……。ありがと……。」


 そう言って、ミリィはもじもじしている。


 ?

 どうしたのだろう?


 しばらく無言だったミリィは、やがて躊躇いがちに口を開いた。


「……あのね! もしよかったら、レティちゃんに見て欲しいものがあるの!」


***


 ミリィに連れて行かれた先は、湖の畔だった。


 昼間はキラキラと太陽の光を反射していた湖面は、今は静かに月明りを映している。


「レティちゃんは、ここから見ててね?」


 そう俺に告げたミリィは……


「んしょ、っと。」


 突然……靴を脱ぎ始めた。


「え、ちょ、ミリィ!?」


 俺が驚いている間に、ミリィは靴下をも脱ぎ去る。

 ミリィの美しい脚線が、月明かりの元に晒される。


 裸足になったミリィは、そのまま湖へと進む。


「ひゃぅっ……!」


 湖に足を踏み入れた瞬間、水温の冷たさにミリィが声を上げる。


「お、おい、ミリィ。風邪ひいちゃうぞ……?」


 魔族領は人間領に比べ南に位置している為、多少は暖かいのかもしれないが……それでも水遊びにはまだ早い。


 流石に止めに入ろうとした俺に、だがミリィは、


「ううん。大丈夫だよ。」


 そう言って、ちゃぷちゃぷと湖へと足を進めた。


 よく目を凝らして見れば、ミリィが立つその場所は、湖の底を石畳が覆っていた。

 ちょうどミリィの足首くらいまでが水に浸かった状態だ。


 これなら裸足でも怪我はしないだろうが……だが、やはりミリィの意図はわからなかった。


 困惑する俺に、ミリィが告げる。


「じゃあ……見ててね。」


 そう言ってミリィが始めたのは――


 先程、舞台上で見せた"竜の舞"だった。


(お……おぉ……!)


 湖で舞っている為、時折パシャリと上がる水飛沫が、月光を反射してキラリと煌めく。


 提灯の明かりも無い。

 笛や太鼓の音色も無い。


 観客は俺一人だけ。


 月光と、水音だけの舞台(ステージ)


 なのに――


(すげぇ……綺麗だ……。)


 先程客席で見ていた時よりも、その魅力は増していた。


 その理由はおそらく、ミリィの表情だろう。


 "笑顔"――。


 先程の演舞でもミリィの微笑みは見られたが、今はその時より更に魅力的な表情だ。


 クルリと回る際に流し目と共に向けられるその蠱惑的な笑みは、いつもミリィを見ている俺でさえドキリとさせられる。


 やがてミリィが演舞を終える。


 気付けば俺は、半ば無意識にパチパチと手を叩いて拍手を送っていた。


 まだ少し息を切らした様子のミリィは、ちゃぷちゃぷと湖から上がり、俺の隣に座る。


「レティちゃん。どうだった?」


「あぁ……すげぇ綺麗だった。湖の妖精さんかと思っちまったよ。」


 そう返すと、ミリィは微笑んだ。


「"竜の舞"は、感謝を伝える舞だから……レティちゃんにだけ、特別な舞を見て欲しかったの。」


「ミリィ……。」


 そっか……。

 それでわざわざもう一度演舞を見せてくれたのか……。


「ねぇ、レティちゃん。最初に会ったときのこと……覚えてる?」


 ミリィは湖の向こうに視線を向けて問う。


 俺はその記憶を思い返す。


 ミリィと最初に会った時――。


 人間領の王城で、ミリィは魔族であることが知られ、幽閉されていた。


「あぁ。あの時は大変だったな。ミリィを連れ出す筈が、俺まで捕まっちまって……。」


 俺がそう言うと、ミリィは少しだけ目を細めた。


「実はね……あの時わたし、捕まったままでもいいかなーって思ってたんだよ?」


 思わぬ言葉に驚く俺を他所に、ミリィは続ける。


「魔族領に居た頃も、人間領に移ってからも、わたし、ずっと一人だったから……。もしお城から出られても、会いたい人も、帰る場所も無かったし……。わたしはきっと、ずっと一人ぼっちなんだろーなぁって思ってた。」


 寂しそうというよりは、諦めたような表情でそう語ったミリィは――


「……でもね、」


 と、明るい声で告げる。


「レティちゃんに助けてもらって、シャルちゃんやロロちゃんやグリムちゃん、アイリスちゃんやコロネちゃん……! たっくさん、お友だちが出来たの!!」


 ミリィの瞳は、星空を映す湖の水面のように、キラキラと輝いていた。


「こんなわたしに、たくさんのお友だちを作ってくれて、今日はこの街の人たちとも仲良しにしてくれて……レティちゃんには、どれだけ感謝しても足りないよ……!」


 そう言ってミリィは、俺に熱い視線を向ける。


「ねぇ、レティちゃん……。わたし、レティちゃんの事……大好きだよ?」


 急な言葉に、俺の心臓は跳ね上がる。


 ちょ!? ミリィ!?

 まさか……この流れは……!!?


「だからね……お願いがあるの……。」


 頬を染め、恥じらいながらも必死に思いを伝えようとするミリィ。


 ちょ、まっ……!!

 待って!!

 まだ心の準備がっ……!!


「わたしを……レティちゃんの……」


 ゴクリ、と唾を飲んで次の言葉を待つ俺に、ミリィは――


「レティちゃんの……"親友"にして欲しいのっ!!」


 そう告げた。


 ……Oh。

 また告白じゃないのか……。


 ロロの時といい、思わせぶりすぎるぞウチの幼女()たちは……。


「ダメ……かな……?」


 しかしドキドキしながら返答を待つミリィに、ガッカリした顔は見せられない。


 俺は自身を落ち着けるようにコホンと咳払いを一つしてから、ミリィに優しく告げる。


「ん~……ミリィ。二つ"訂正"があるんだけど……いいか?」


「えっ!? う、うん……。」


 返事を待っていたミリィは、ちょっと戸惑いながらも、俺の言葉を待つ。


「まず一つ目な。さっきミリィは、俺が『お友だちを作ってくれた』って言ったよな?」


「う、うん……。」


「それな、間違いだ。」


「えっ!?」


 驚くミリィに、俺は言葉を続ける。


「確かにみんなにミリィを紹介したのは俺だ。けどな……俺に友だちを"作ってやる"力なんて無い。友だちになったのは……ミリィ自身だろ?」


「そ、そうなの……かな?」


「そうだよ。ミリィが優しくて良い子だったから、みんなもすぐに打ち解けられたんだ。この街の人たちだって同じだ。俺はきっかけを作っただけ。ミリィ自身が認められてなきゃ、こんな風に受け入れてくれなかった筈だぞ?」


 そうだ。

 俺がやったのは、障害を取り除いただけ。


 結局みんなと仲良くなれたのは、ミリィ自身によるものだ。


「俺はな、"友だちになる"って、相手の心を自分の心に"映す"事だと思ってる。」


「心を……"映す"?」


「そう。こんな風にな。」


 疑問符を浮かべるミリィの隣で、俺は湖の水面を覗き込む。


 水面には俺と、俺に倣って水面を覗いたミリィの顔が映る。


「その相手が泣いてたら、自分も悲しい気持ちになる。その相手が笑ってたら、自分も嬉しい気持ちになる。……相手の気持ちを、思いやり、(おもんぱか)る気持ちを持つ事。それが出来るのが友だちだろ?」


 そう言って、水面に映ったミリィと目を合わせる。


「ミリィが持ってる"優しさ"は……友だちを作るのに一番大切なモノだ。」


 そう。

 優しいミリィには十分、その資格があったのだ。


「だからな……胸を張っていいぞ。みんな、そんなミリィが好きだから、友だちになってくれたんだ。」


 その言葉に、ミリィはしばし考えるように俯いて……


「……そっか。……嬉しい。……とっても、嬉しいな。」


 そう呟くように口にして、噛み締めるように微笑んだ。


 ちょっとだけ涙の滲んだその表情を見て、俺はミリィの頭を優しく撫でてやった。


「……それじゃ、もう一つの"訂正"って?」


「ん? そんなの決まってるだろ?」


 滲んだ涙をぐしぐしと拭ったミリィに、俺は笑顔で答える。


「俺はミリィを……ずっと前から大切でかけがえのない"親友"だと思ってるって事だよ。」


 そう口にすると、ミリィはせっかく拭った涙をまた瞳に貯めて――俺に抱き着いた。


「うわぁぁあん!! レティちゃぁあああああああん!!」


 おーよしよし、とミリィの頭を俺は撫でる。


 祭りが終わって静寂の満ちていた会場に、ミリィの声だけがしばし響いていた。

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