第二十四話 とっても大事な宝物
崖での一件を終えた後――
俺たちは長老に伴われて、屋敷へと戻った。
その間、長老は一切言葉を発さなかった。
俺としては『神聖な儀式を穢しおって!! あんなモノは無効じゃ!!』とでも言ってくるかと予想していたのだが……。
屋敷に着くと、長老は呟くように告げた。
「どうせお主ら、泊まる宿の宛ても無いのじゃろう? 今日はそこの離れを使うがよい。」
お、おぉ……?
そりゃ助かるけど……
「え、いいの?」
「フン。どうせ誰も使っておらぬ。好きに使え。」
そう言って、長老は屋敷の奥へと姿を消した。
***
「コロネー! いくよー!」
「おっけーなのー!」
馬車と幼女たちを呼び寄せた俺は、今は離れの縁側に腰かけている。
夕日が向かいの山に沈み始める中、アイリスとコロネが庭でボール遊びをしているのをぼんやり眺めていた。
そこへ――
「……よぉ。爺さん。」
先ほど屋敷の奥へと姿を消した長老が現れる。
「……。」
長老は無言で俺の隣に腰を下ろす。
何か話があって来たのだろう。
俺は長老の言葉を待つ。
しばらく無言の間が過ぎた後――長老は口を開いた。
「ミランダの"力"については……知っておるか?」
「……あぁ。近くにいる誰かの"力"を、他の誰かに"繋ぐ"ことの出来る"力"。俺は【スキルリンク】って呼んでる。」
長老の問いに、俺は答える。
長老は「そうか……。」と短く返した後、再度口を開いた。
「お主ならば……あの力の"危険性"についても、思い至っておるのではないか?」
長老の言葉を聞き、俺は
(あぁ。そーゆー事か。)
と一人納得する。
そう。
長老の言う通り、ミリィの"力"――【スキルリンク】は、使いようによっては非常に危険な力なのだ。
以前ミリィにも確認したが、この力を繋ぐ対象には、明確な人数制限が無い。
あまり遠くに居る相手には繋げないらしいが、逆を言えば一箇所に固まってさえいればとてつもなく多くの者に力を繋げられる。
これが何を意味するかは明白だ。
多様な効果を発揮する魔族の"力"のうち、しかし"戦争"に役立ち得るものはごく一握り――。
だがミリィの"力"を使えば――?
"木を燃やす力"も、数千人で使えば森をも焼き尽くすだろう。
"岩を砕く力"も、数千人で使えば山をも崩してしまうだろう。
「あの"力"は……"一人を殺す力"を"万人を殺す力"へと変えてしまう。怖ろしい力なのじゃ……。」
長老は俯いたまま、そう告げる。
「あの"力"の存在を魔族の権力者が知れば、必ず考えるじゃろう。『この力さえあれば、戦争など容易く勝利出来る』……と。」
「……じゃあ爺さんは、また戦争が起きないように、ミリィを人間領に追放したのか?」
俺の問いに、しかし長老は首を横に振った。
「この年になって、世界の行く末などに興味も無いわい。戦争など、やりたい者同士がやればいい。だが……」
そう言って長老は、眩しいものを見るような目で続ける。
「あの子は……ミランダは、優しい子じゃ。あんな子供が、人殺しの道具にされる……それだけは、避けたかった……。たとえ孤独に生きることになっても……あの子の手が血に染まるような事だけは……避けたかった……。」
そう告げた長老は、まるで詫びるように首を垂れた。
そうか……。
だから俺たちが『魔族領王都に向かう』って言った時も、すげー剣幕で止めたのか……。
万が一にも、ミリィの"力"が知られないようにと。
ただの意地の悪い爺さんかと思って悪かったな……。
この爺さんは爺さんなりに、ミリィの事を考えてくれてたんだ。
「……じゃあ竜玉を捨てろって言ったのは?」
「……儂の知るあの子ならば、親の形見を捨てるような決断は出来ぬ筈じゃ。お主が無理強いして捨てさせるようならば、それこそ力ずくでもお主らをこの街に留めたじゃろう。……あのヘンテコな板のせいで、その見極めも出来んかったがの。」
長老は不貞腐れたように笑った。
なるほど。
長老の言い分も理解出来る。
だったら……この街を出る前に、安心させてやんなきゃな!
「おーい! アイリスー!」
俺は庭で遊んでいたアイリスを呼ぶ。
「なぁに? おねーちゃん。」
トテトテと、アイリスが俺の元へと駆けてくる。
「このお爺さんにな、前に人間領の王都に行ったときの"映像"、見せてあげてくれないか?」
「あ、うん! いいよー!」
そう言って、アイリスは"準備"に入る。
隣で怪訝そうな顔をする長老。
そんな長老に、俺は告げる。
「俺たちな、前に人間領の王都で……魔族であることをバラしたんだ。」
「なっ!? なんじゃと!? 貴様……ッ!!」
激高しそうになる長老を宥めて、俺はアイリスの"映像"を見るよう促す。
そこに映し出されたのは……
「なっ……!?」
人間領王都で行われた――幼女たちの"舞台"。
アイリス視点のその映像には、そこに集まった多くの人々が映る。
最初は怒りと恐怖に満ちていた会場が、幼女たちの純粋な想いを込めた歌によって、最後には感動へと変わった。
歌い終え、舞台の上で笑い合う幼女たち――。
そこには、もちろんミリィの笑顔も映っていた……。
「……爺さん。アンタはさっき、ミリィの力を、"万人を殺す力"って言ったよな。」
隣で映像を見つめる長老に、俺は問う。
「でもな。ミリィはその万人を殺す力で、万人を笑顔に変えてみせたんだ。」
そう。
どんな力だって、要は使う者の意思次第だ。
医療用メスで人を殺す事も出来る。
爆薬で人命を救助する事も出来る。
ミリィの力だって、使い方さえ間違わなきゃ、これからもっともっと多くの人を笑顔に出来る筈なんだ。
長老はその映像を見て、目頭に涙を貯めている。
「だが……だがミランダは、まだ幼い。何時、悪意を持った輩に利用されるか……」
「それは……」
俺が長老に言葉を返そうとした時――
「そうですね……。」
襖の向こうから、声が響いた。
開いた襖の向こうには――ミリィが立っていた。
「ミランダ……!」
長老は驚き、ミリィの顔を見る。
そんな長老に、ミリィは告げる。
「わたしは……長老さまの仰る通り、まだまだ未熟で、世間知らずです。」
その表情には、先ほどまでの怯えた色は無い。
「人間領で過ごしてきたけど、まだ知らない事がいっぱいで……全然成長出来てないなって、思ってます。」
でも……と、ミリィは続ける。
「でも一つだけ、自慢出来ることがあるんです!」
そう言って、ミリィは笑顔を向ける。
「わたし、お友だちが出来ました! 心から信頼出来る、最高のお友だちが!」
ミリィは一片の曇りも無いその笑顔のまま、続ける。
「わたしが間違えそうになったら、絶対に止めてくれる。わたしが道を誤りそうになったら、本気で叱ってくれる。そんなお友だちが、今のわたしには、居ます。」
そこまで告げると、ミリィは長老の前に正座し、深く頭を下げる。
「だから……どうか心配しないでください。わたしは……大丈夫です!」
長老は――しばし無言でいた。
そして……
「……フン。小娘が。この儂に向かって偉そうに……」
俺の耳には、嬉しそうに聞こえた、その呟きの後――大きく息を吸い、
「今宵、"成竜の儀"を執り行う!!!!」
と、大声を放った。
「えっ!?」
ミリィが驚きの声を上げる。
え……? なに?
"成竜の儀"……?
「なんだ? "成竜の儀"って?」
驚いているミリィに俺が問う。
「え、えっとね。この街で、一年に一度行われるお祭りみたいなモノなんだけど……その年に、竜種の中から"一人前だと認められた者"を皆に紹介する儀式なの。」
普通は秋頃にやるんだけど、と困惑顔で補足するミリィ。
つまり、それって……
「爺さん、ミリィの事を"一人前だと認めてくれた"って事?」
俺は長老を見る。
「フン。貴様ら、明日にはこの街を発つのじゃろう。さっさと終わらせるぞ。」
不機嫌そうに見える顔は、だが明らかに"作った表情"だと俺にも分かった。
「で、でも! もうこんな時間ですよ? 急に準備なんて、街のみんなに迷惑が……」
ミリィが慌てて言う。
もう日も落ちかけているこの時間から準備など、かなり無茶な話だ。
「えぇい! やかましい! そんなもの、竜種の若い連中をかき集めればどうとでもなる!」
長老はそうミリィを一喝する。
「それよりもミランダ! "竜の舞"は忘れておらぬじゃろうな? 恥を晒したくなければ、今のうちに練習をしておけ!」
「えっ!? は、はいっ!!」
ミリィにそう告げると、長老は離れを出て行った。
ズカズカと威圧的な足音と対照的に、嬉しそうなその背中を眺めながら――
俺はフッと笑って、心の中で呟いた。
(まったく……どこまでも不器用な爺さんだ。)




