第二十三話 譲れないものと捨てられないもの
俺とミリィは、長老の先導で竹林を歩いている。
竜種の子が、生まれた時に親から受け継ぐという"竜玉"――。
ミリィにとっては亡くなった親父さんの形見でもあるそれを……"捨てる"為に――。
「なぁ……もう辞めにしないか?」
俺は先を歩く長老の背に問い掛ける。
「こんな事しても、別にアンタに得があるワケじゃねぇだろ?」
その問い掛けに、しかし長老は歩む速度を変えることは無かった。
「この街の"掟"を破るのならば、それはこの街を捨てることと同じじゃ。覚悟は見せて貰わねばならぬ。」
背を向けたまま冷たく言い放つ長老。
「その"掟"……そんなに大事なモンか?」
「貴様には……わかるまい。」
再度問い掛けた俺に、しかしやはり長老はにべもない。
「竜種の掟が、どういう経緯で出来たモンなのかは……知ってるさ。」
その俺の言葉に、長老は少しだけ反応する。
エリノアから聞いた。
竜種の掟――
『他種族との交流を制限する』というしきたりが生まれたのは――"戦争"が原因だ、と。
魔族が生まれながらに持つ"力"――。
多様な効果を発揮するその"力"のうち、しかし"戦争"に役立ち得るものはごく一握りらしい。
まぁ考えてみりゃ当たり前だ。
"兵器"レベルの力をそうそう個人レベルで好きに扱えちまったら、社会が成り立たない。
だが――"竜種"はその中でも特例だという。
絶対数の少ない"竜種"の魔族は、しかしその多くが極めて強い"力"を持って生まれるという。
それこそ……『無理矢理にでも戦争に駆り出されちまう』程、有用な"力"を――。
「戦時中の"強制徴兵"……ソイツから竜種を守る為に作られたモンなんだろ?」
仲間を守る為――。
そう考えれば、竜種の長老であるこの爺さんが掟を重んじる気持ちは理解出来る。
だけど――
「だけど……それは"戦時中"の話だ。今のミリィに、それを押し付ける必要性がどこにある?」
そうだ。
もはや戦争は終わった。
どんな規則も、時代と共に――世界と共に変えていかなきゃいけない。
「アンタだって竜種を束ねる者としてもっと外に……世の中の動きに目ぇ向けなきゃいけないんじゃないのか?」
先ほど屋敷で交わした感情的な言葉ではなく、再考を懇願するように、俺は長老に意見を伝えた。
だが――
「……問答は無用じゃ。覚悟を見せよ。」
長老の歩みを止めることは、遂に叶わなかった。
***
「ここじゃ……。」
長老がその歩みを止めたのは、竹林を抜けてしばらく行った先――
眼前に湖を望む――崖の上だった。
二時間ドラマのラストで犯人が追い詰められていそうなその場所。
目の前に広がるのは、この街の代名詞たる湖。
夕暮れ時となった今は、静かなその湖面を黄昏色に染めている。
そして――その夕日の色よりも鮮やかに視界に映るのは、湖から立ち上がった朱色の大きな"鳥居"だ。
「あの鳥居の先が、"竜神様"の御座す所じゃ。そこへと竜玉を投げ入れよ。」
長老がミリィに告げる。
異世界だからワンチャン本物の竜が出てくるのかとも思ったが……どうやら違うらしい。
これはあくまで"儀式"だ。
ミリィの持つ竜玉に宿る"竜神様の加護"とやらをお返しするという儀式。
実際には"竜神様"も"加護"なんてものも有りはしない。
ミリィに"覚悟"を示させたいが為の、形式的な儀式だ。
「なぁ、そんなら……」
「言っておくが紐や縄を付けて投げ入れ、竜玉だけを回収しようなどと考えるなよ? 完全にその身から離れねば加護はお返し出来ぬ。」
口を開きかけた俺を遮って長老が言う。
ぐぬっ……!
"リール竿"にでも吊り下げて、投げ入れた後に回収してやろうかと思ったのに……先手を打たれたか。
「ほれ……! どうしたミランダ……! やはり出来ぬのか!?」
長老の言葉に、ミリィは小さく震えながら、それでも、
「……できます。」
そう言って、崖の先端へと歩を進める。
崖から鳥居までは数メートル。
力いっぱいに投げれば、ミリィでも届くだろう。
だがその下は湖。
それも――この場所は特に水深が深いようだ。
投げ入れれば回収は……難しいだろう。
「ミリィ……。」
俯くミリィに、俺は問う。
「辛かったら……捨てなくてもいいんだぞ?」
だがミリィは、首を横に振る。
「ううん……。レティちゃんたちに、迷惑掛けられないから……。」
そう呟いたミリィは、しかし悲しげな表情だ。
「パパの形見は大切だけど……今のわたしには、レティちゃんたちと一緒にいられる事の方が大切だもん……。」
ミリィの心の中には、小さな覚悟があるのだろう。
意思を感じさせる目をしてそう告げたミリィに、俺はそっと歩み寄って――
「そっか。ありがとな。でも……」
「えっ……?」
俺はミリィの手を取って、ぎゅっと握って、微笑みながら告げた。
「どっちも大切なら……どっちも大事にしよーぜ?」
ミリィは驚いた顔で俺を見る。
そこへ――
「ミランダッ! さっさと決めよッ! 魔王の娘よッ! 貴様も下がらんかッ!!」
長老の怒声が掛かる。
その言葉に、俺はミリィの元を離れて長老の隣に並ぶ。
「……なぁ、長老さん。アンタ、やっぱ外に目ぇ向けた方がいいよ。」
「……問答は無用じゃと言った筈じゃ。」
俺の言葉を、長老は冷たく弾く。
だが――
「いや。これは……ただのアドバイスだ。」
「……?」
怪訝そうな顔を返す長老。
そんな俺たちの前で、
「……行きますっ!」
ミリィは、自身の手で竜玉を――投げた。
夕日をキラリと反射したその竜玉は、鳥居を潜り、そして――
「なっ……!!?」
あろうことか、鳥居を抜けた先で急上昇し、まるで意思を持つようにクルリと大きな弧を描いて――
投擲したミリィの手元へと――戻った。
「なっ……何じゃ!? 今のは……!?」
長老が目を見開いて驚く横で、俺は告げる。
「だから言ったろ? もっと外に目ぇ向けろって。アレな、今、竜種の子供たちの間で大人気なんだぞ?」
手元に戻ったそれを、大切そうにぎゅっと胸に抱くミリィ。
ミリィが抱いているのは親父さんの形見の竜玉――
小さな琥珀色の宝石のぶら下がる、細い銀色のチェーン――
を、巻 き 付 け た 、
大きなプラスチック製の――"ブーメラン"だ。
投擲者の元へと戻ってくるその性質は、昼間竜種の子どもたちと遊んでいたお陰で、ミリィもきちんと理解してくれていた。
竜玉のせいで多少重心がズレるかと心配したが、大型のブーメランは問題無く戻って来てくれたようだ。
「アンタの指示通り、完全に身体から離れて鳥居を潜らせたんだ。これで"竜神様の加護"とやらは返せた筈だよな?」
俺の言葉に、長老はまだ茫然としている。
「これでもまだ文句があるっつーんなら……続きは俺が聞く。それでいいな?」




