第二十二話 お説教は二人並んで
「何をやっとるかぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
広場に響いた怒声――。
その声の主は、湖を囲うように盛り上がった土手の上から広場を見下ろしていた。
白髪の長髪。
老齢のその爺様は、しかし顔に刻まれた皺とは裏腹に、鋭い目つきをしていた。
猛禽類を思わせるその攻撃的な眼差しが、まるで獲物を狙うかのように広場にいる者達へと注がれる。
おそらく"この街の住人でない者"を見定めているのだろう。
時折止まるその視線は、俺と目が合った際にも停止し、遠慮の無い眼力をぶつけてきた。
やがてその視線が――ある一点で完全に止まる。
「ミランダ……!!」
ミランダ――。
ミリィの名を、唸るように口にする老人。
その視線と声に、当のミリィは――震えていた。
「長老……さま……!!」
怯えるミリィは、足を震わせながらも、その視線から目を逸らせずにいる。
「貴様……何故ここにいるッ……!?」
長老と呼ばれた老人は、年齢を感じさせない健脚でズカズカと土手を降り、ミリィの目の前へと至る。
ミリィの頭の遥か上方――長身のその老人は、まるで地獄の閻魔の如き怒りの形相で、ミリィを睨みつける。
「貴様がこの街に戻るということが、何を意味するか分かっておるのかッ……!?」
視線に質量があれば、そのまま射殺されてしまいそうな程の眼力。
その射線上に――
「……何じゃ、貴様は。」
「!! レティちゃん……!?」
ミリィを庇うように、俺は立ち塞がる。
「……レティーナ=ランドルト。この子の友だちだ。」
俺が名乗ると、老人は一瞬、眉をひそめる。
が、
「フン! 貴様が噂の"魔王の娘"か……。だが部外者には変わりあるまい。無関係な者が口を挟むなッ! ……来い、ミランダッ!!」
そう言って老人は、ミリィの腕を掴もうと手を伸ばす。
「い、イヤッ!」
――ガシッ!!
「……。」
その老人の腕を――俺は掴む。
「爺さんよォ……聞こえなかったのか?」
"魔王の娘"――?
俺はそんな風に名乗ってねぇぞ?
"部外者"――? "無関係"――?
ハッ!
歳で耳が遠くなってんのか?
聞き取れなかったようだから、もう一遍言ってやる。
「俺はミリィの……"友だち"だ!!」
***
湖畔の街"イヴァラム"の住宅街の更に奥――。
竹林に囲まれた大きな屋敷に、俺とミリィは連れて来られていた。
……いや、連れて来られたのは正確にはミリィだけ。
俺は無理やり同行してきただけだ。
日本家屋を思わせるその大きな平屋建ての屋敷の客間に、俺とミリィは並んで正座している。
そしてその正面には先ほどの爺さん――長老"ザルツ"が鎮座していた。
ミリィによれば、この竜種の街で最も権力を持った人物らしい。
未だに緊張に身体を強張らせているミリィ。
そんなミリィを前に、長老は口を開いた。
「ミランダよ……。何時戻った……?」
「今日の……お昼過ぎです……。」
高圧的なその声に、ミリィは震える声で返答する。
「貴様は人間領で暮らすよう命じたはずだ……。何用でこの街へと戻った……?」
「その……魔族領王都へと向かう旅の途中……宿を取らせて頂こうと……立ち寄りました……。」
尚も長老の顔は険しい。
「旅の行き先は……?」
「えと……魔族領の、王都……です……。」
痺れを切らした俺は、長老とミリィの会話に割って入る。
「明日の朝にはおとなしく出ていくつもりなんだ。もうこの街で何かするつもりも無い。それでいいだろ?」
村八分になってたミリィを不憫に思ってした事だったが……こんなにミリィが怯えちまうんなら、これ以上事を荒立てるのは得策じゃない。
ここはそれで手打ちにして貰おう。
そう考えた俺だったのだが……
「……ならぬ。」
長老は、それを否定した。
「ミランダよ。貴様は……この街に残れ。」
「えっ!?」
「はぁっ!?」
長老の言葉に、俺とミリィが同時に驚きの声を上げる。
「いや、ふざっけんなよ!? ミリィを追い出して今まで一人ぼっちにさせてたくせに、いざ戻ったら今度は『この街に残れ』だと!?」
あまりにも理不尽な長老の言葉に、俺は吠えるように抗議する。
「貴様は黙っておれッ……! 竜種の裏切り者を、王都になど向かわせられるものかッ……!!」
長老は目を血走らせて拒否する。
その目は、言葉では到底説き伏せられないであろう意思を感じさせた。
だが当然、俺らだって譲れない。
ミリィを一人で……しかもこんな四面楚歌な状況の街に残していけるワケねぇ。
「……俺らがそんなモン、聞くと思ってんのか? 力ずくでも出ていくぞ?」
「……やってみるか? 儂が命じれば、この街の民総がかりで貴様らを潰すぞ?」
俺と長老は、互いに引かない意思を示すように、相手の顔を睨む。
そんな一触即発の空気の中――
「やめてくださいっ!!」
口を開いたのは、ミリィだった。
「長老さま……!! わっ、わたしたちはっ……!! 行かなきゃいけないんですっ……!! お願いですっ……!! 行かせてくださいっ……!!!」
そう言って、ミリィは長老を前に土下座する。
……恐らく、ミリィは嫌なんだろう。
このまま俺と長老が譲らず、マジで力ずくの展開になった時――
俺らが傷つくのも、そして――この街の人たちが傷つくのも……。
ホントに……優しい子だ。
「フン! 貴様が頭を下げた程度で、儂が意見を変えるとでも思っておるのか……?」
だが長老の態度に変化は無い。
「もしどうしても譲れぬというのならば……"竜玉"を捨てるくらいの覚悟を見せてみよッ……!」
「……っ!!」
長老の言葉に、ミリィの顔が青ざめる。
「ミランダ。持っておるのじゃろう……?」
問われたミリィは、胸元を右手でぎゅっと握りしめる。
僅かに震える手で服の下から取り出されたそれは――細い銀色のチェーンに、小さな琥珀色の宝石の付いた"ペンダント"だった。
「己の意思でこの街を出るというのならば、竜神様の元へと竜玉をお返しせよ……。それが条件だ……。」
冷たく言い放つ長老と、震えるミリィ。
だが俺には、それがどれ程の事なのかが理解出来ない。
そんな俺の様子に気付いたのだろう。
長老が忌々しげな顔で説明する。
「竜種の子は、生まれた時に親から"竜玉"を受け継ぐのだ……。竜神様の加護と共にな……。」
その言葉で、俺はようやく理解した。
それは、つまり――
「ミリィの……親父さんの形見じゃねぇか……!!」
それを捨てろと言ってきたのだ。
「ふざけ……っ!!」
再度長老に吠えようとした俺を――ミリィがすっ、と手で制した。
「わかり、ました……。」
顔を伏せたままのミリィのその声は――悲しげな"覚悟"を帯びて、部屋に響いた。




