第二十一話 貴女のキレイをお手伝い
「ん~。この辺……かな?」
「そうですわね。」
湖の畔の広場で幼女たちが地元の子供たちと仲良く遊んでいるのを見届けた後――
俺は、エリノアを伴って住宅街へと向かった。
建ち並ぶ家々を、まるで物色するように眺めていた俺たちは、その中でも一際大きな屋敷の前で足を止める。
「んじゃ、作戦通り頼む。」
「ミリィさんの為ですものね! お任せくださいまし!」
***
――コンコン。
「はぁーい。」
ノックの音に、その屋敷の住人である主婦――シヨンは応対の声と共にドアを開ける。
そしてドアの前に立つ相手を一瞥して――眉をひそめた。
この街で見たことの無い顔の――
見知らぬ女性が、そこには立っていた。
「こんにちは~。わたくし、アナ・ゴーイの方から参りましたタービル商会のエリノアと申します♪」
満面の笑みで挨拶をしたその女性に、しかしシヨンの表情は固い。
この街では"竜種の掟"により、他種族との交流は禁じられている。
下手に関わりを持つのは得策では無い。
「セールス? 悪いけど間に合ってるわ。」
そう言ってドアを閉めようとするシヨン。
しかしエリノアと名乗ったその女性は、
「いえいえ! 本日は"無料"で商品をお届けに伺いましたの!」
と、変わらぬ笑みで返した。
その言葉を聞き、ドアに伸ばされていたシヨンの手が止まる。
"無料"……?
「……アンタね。悪い事は言わないから、この街で商売なんて止めた方がいいわよ? この街には"竜種の掟"ってのが……」
「はい♪ 存じておりますわ♪」
シヨンの忠告に、しかしエリノアはやはり笑顔を崩さず返す。
「わたくしどもも、この街で"儲けよう"などとは考えておりませんの♪ ただ皆様に、タービル商会の名前を憶えて頂けるよう、ご挨拶をさせて頂いているだけですわ♪」
その言葉に、シヨンは少々困惑する。
"儲けるつもりはない"……?
"ご挨拶"……?
タービル商会とやらは、何を考えているのだ?
「"買ってもらおう"ではなく"知ってもらおう"と思って商品をおススメする……我が商会のモットーですわ♪」
ドアを閉じるタイミングを逃したシヨンを前に、エリノアは鞄から何やらいくつかの小瓶を取り出す。
「本日限定で、こちらのお得なお試し商品をお配りしてますの♪ え~、と……どちらがお好みでしょう?」
両手にそれぞれ握った小瓶。
"お試し商品"だというそれに、シヨンは少なからず興味を引かれていた。
「……そっちのはなんだい?」
まずエリノアが右手に握った小瓶を指差す。
「こちらは"洗髪剤"……"シャンプー"ですわね。 わたくしも使っておりまして……ほら! この通りサラサラの滑らかな指通りに仕上がりますの♪ こちらの"リンス" "コンディショナー"とセットでお使い頂くと、一層美しさが際立ちますわ♪」
言いながら美しく黒い長髪をさらりとなびかせるエリノア。
ドアを開けた時からシヨンも思っていたが、エリノアの髪は女性ならば誰もが嫉妬する程に美しかった。
それが……この商品で手に入る、と?
ゴクリと生唾を飲み込むシヨン。
が、ここで動揺を見せてはペースを掴まれてしまう。
「……じゃ、じゃあそっちのは?」
意識を反らすべく――
否、実は先程から気になっていた"もう一方"の商品の説明を促すシヨン。
「こちらは"スキンケアセット"ですわ♪ 洗顔料、化粧水、乳液、美容液……これらをお使い頂けば、お肌が十年は若返ると評判ですの♪」
どうやらこちらもエリノア自身が使用しているらしく、瑞々しい頬をアピールする。
無意識の内に、またもシヨンの喉が鳴る。
欲しい……!!
どっちも欲しい……!!
シヨンはもはや、ドアを閉じる気などとうに失せていた。
「そ、それっ……! "両方"は頂けないのかいっ……!?」
どうにか"両取り"が叶わないかと懇願するシヨンに、エリノアは「ん~……」と焦らすように考え、
「あ! でしたら! どなたかお友達を"ご紹介"頂ければ、両方差し上げますわ♪」
そう告げた。
***
「やー、上手くいったな。」
俺は湖の畔の広場へと戻っていた。
広場にはエリノアの提供した"お試し商品"を手に談笑するこの街の多数の奥様方――。
"他種族との交流を制限する"という掟のことなど既に忘れ去られたように、他所者の俺たちが用意した商品を嬉しそうに眺めていた。
「皆さん喜んでくれたようで何よりですわぁ。……すっごく疲れましたけど。」
疲れてしゃがみこんだエリノアの頭を、俺はよしよしと撫でてやる。
珍しく労われたエリノアは「ほへぇ~♪」と恍惚の表情を浮かべた。
……うん、たまには褒めてやらないとな。
まぁ奥様方にとって、"美容"ってのはそれほど重要ってことだ。
いつまでも美しくありたいと思うのは女性なら当たり前だからな。
それを現代日本じゃ使い古される程に使われた謳い文句――"無料" "本日限定" "お得" と耳当たりの良い言葉を並べ立てて提供したのだ。
"掟"の件で多少葛藤したとしても、喰いつかずにはいられない。
最初に訪ねた奥様は、屋敷の大きさからしてここらの奥様グループの中でもトップだろう。
こういうヒエラルキーは、上から攻め落とすのが常道だ。
そこさえクリアしちまえば、後は芋蔓式に落とせる。
『あの奥さんの紹介なら……』という信用も買えるし、
『下手に断れば自分の立場が危うくなるかも……』という保身もくすぐれる。
閉じたコミュニティに割り込むこの作戦は、初手に成功した時点で全体の成功は必然だったのだ。
「でも……これで、ミリィさんを助けたことになるんでしょうか?」
頭を撫でられながら、エリノアが疑問を口にする。
「お子さんたちはともかく、奥様たちは心を開いたとは言い難いんじゃありませんこと?」
「あぁ。そうだな。」
エリノアの疑問を、俺は肯定する。
そう。
表面上で交流出来たとしても、それだけではミリィの問題は解決しない。
だからこれはあくまで"下準備"だ。
この街に根付いてる"竜種の掟"――。
それはおそらく、雰囲気みたいなぼんやりしたモンじゃねぇ。
長年続くこの掟には、"何者か"の強い意思が働いている――。
ソイツを巣穴から引っ張り出す為に、縄張りを荒らしてやったに過ぎない。
つまり――
「そろそろ……出てくるんじゃねぇかな。」
俺がそう口にした、その直後――
「何をやっとるかぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
子供たちと、奥様方と、ウチの幼女たちが居るその湖畔の広場に――
怒声が、響いた。




